新横浜・菊名・大倉山・新羽など港北区南部の地域情報サイト
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新羽地区が新体制で新たな未来を描きます。横浜市港北区の中央からやや南の西側、都筑区にも接する新羽地区で、今年度(2021年度)からの新しい連合町内会長(新羽町連合町内会)として、新羽中央町内会で会長を務める尾出(おいで)清和さんが就任。

新羽地区の新たな未来をリードする3人。新連合町内会長の尾出さん、副会長の磯部さんと浅倉さん(写真右より、5月12日、新羽地域ケアプラザ)

新羽地区の新たな未来をリードする3人。新連合町内会長の尾出さん、副会長の磯部さんと浅倉さん(写真右より、5月12日、新羽地域ケアプラザ)

2018(平成30)年4月からその任を務めていた松村清見前会長からの後を継ぎ、新羽エリアの「新しい街の顔」としての役割を担うことになりました。

新羽地区では、尾出さんが会長を務める新羽町中央町内会のほか、新羽町町内会、新羽町中之久保町内会、新羽町南町内会、新羽町大竹町内会、北新羽町内会、新羽町自治会、クリオ新横浜北自治会の「8つ」の自治会町内会が活動しています。

今回、尾出さんの就任と同時に、新羽町自治会会長の磯部秀夫さん新羽南町内会会長の浅倉克彦さんの2人が連合町内会の副会長として就くことが決定、新体制で新たな地域課題にも臨んでいくといいます。

新会長の尾出さんは新羽生まれ・育ち、店舗マネジメント経験も

新会長の尾出さんは新羽生まれ・育ち。「新羽にある母の実家に生まれました。あまり自己主張はしない子どもでしたね」と語る幼少時、そして青春時代までには、高い建物はなく、平地には水田や農地ばかりだったという新羽地区。

尾出さんは新羽生まれ・育ち。大手流通業のサラリーマンとして約30年間勤務した経験を持つ

尾出さんは新羽生まれ・育ち。大手流通業のサラリーマンとして約30年間勤務した経験を持つ

「第1回目となる東京オリンピックが開会する直前、1964(昭和3910月に東海道新幹線が開業したころ、一番列車を自宅から見たことが懐かしく想い出されます」と、ちょうど全国テレビでも中継されていた歴史的な光景が、新羽の街で眼前をリアルによぎったという記憶をたどります。

尾出さんが育った当時には、また新羽小学校(新羽町)は開校されておらず、現在、新田地区センター(新吉田町)がある場所に「新田小学校」があったと語る尾出さん。

私立中・高校を経て亜細亜大学経済学部(東京都武蔵野市)で学んだ後、地域でも親しまれる大手流通業に就職。「店長を経験し、新店舗の立ち上げも店長として手掛けたことも懐かしいですね。現場でいつも心懸けていたのは“お客様優先”ということ。相手の立場に立って接客を行うよう、社員・スタッフに呼び掛けていました」と、今にも通じる“お客様や、出会った人に満足してもらう”スキルをサラリーマン時代に体得できたと説明します。

「港北野菜」の素晴らしさ伝えながら地域活動

尾出さんが町会長を務める新羽町中央町内会館

尾出さんが町会長を務める新羽町中央町内会館

30年間勤めた会社を退職して後、実家の農業を継ぐためにもと、神奈川県が運営する「かながわ農業アカデミー」(海老名市)に尾出さんは入校します。

「父は自分が40代のときに早逝したので、母が農業を行っていたのですが、“家(の仕事)でない場所で農業を学ぶことはないじゃない”と言われてしまいました」と、新たな農業に関する知識やスキルを自分なりに体得できたことも、今の仕事につながったと感じているという尾出さん。

1993(平成5)年3月に横浜市営地下鉄ブルーラインの新羽駅が開業。新横浜駅や横浜中心部と結ばれるなど、より交通便利な街となった(2021年2月)

1993(平成5)年3月に横浜市営地下鉄ブルーラインの新羽駅が開業。新横浜駅や横浜中心部と結ばれるなど、より交通便利な街となった(2021年2月)

流通業に勤務した経験を活かし、自身で育てた野菜などを大型店舗や地元・綱島のスーパーに納品していた時代もあったといい、「地元産品、港北野菜の新鮮さ、素晴らしさを伝えたい、という思いが当時からありました。今は、“横浜野菜”として、仲卸(なかおろし=仲介)業者さんが、育てたピーマン、きゅうりや、のらぼう菜(菜の花)やしそなどを取りにきてくれるんです」と、今も、地元産品の素晴らしさを伝えたい思いのなか、日々農業にも取り組んでいるとのこと。

新羽中央町内会での活動については、「米山幸前会長から、“会長をやってほしい”といわれ、2014(平成26)年春から就任しました」と、流通業から退職した後、地域活動、そして現在の農業との両立に挑戦してきたと尾出さんは語ります。

副会長(新羽町自治会)磯部さんは「元青少年指導員」

新羽の街の魅力を「竹林と小松菜」と語る磯部さん(最右)は、青少年指導員として10年間活動してきた経験を持つ

新羽の街の魅力を「竹林と小松菜」と語る磯部さん(最右)は、青少年指導員として10年間活動してきた経験を持つ

副会長に就任した新羽町自治会会長の磯部秀夫さん愛知県名古屋市生まれ・育ち。

武蔵工業大学(現在の東京都市大学、東京都世田谷区)で学んだ後、大手電力会社の関連会社に就職して名古屋に戻り7年間勤務したものの、「また首都圏に戻りたいと、異動の希望を出したんです」と、再び上京する道を選んだといいます。

結婚を機に1981(昭和56)年から新羽町に移り住んだという磯部さん。新羽町の魅力について、「ここは横浜ですけど、横浜と思っていません。竹林と小松菜(が街の魅力)でしょうか」と、笑顔で語り、周囲を和ませます。

地域活動に参加するきっかけは、「長く地域に住んでいた方から、青少年指導員をやってくれないかと誘われたことが始まりでした。青少年指導員は10年間務めました。大変でしたが、面白かったですね」と、特に地域に根差した“地の人”でなければ地域の活動は行いにくいといわれた時代に、担い手の不足もあり地域に迎え入れられたと磯部さんは語ります。

換気を行い、ソーシャルディスタンスを保ちながらインタビューを行った

換気を行い、ソーシャルディスタンスを保ちながらインタビューを行った

新羽中学校(新羽町)PTA会長を務めたことも大きな経験になっており、2017(平成29)年に迎えた創立40周年記念式典事業の運営も担当。

そんな磯部さんが最近気になっていることは、自治会の「加入世帯数が下がっているのではないか」ということ。

「港北区の調査によると、新羽の魅力について、自然が多い、交通の便がいい、といった良い反響があることが本当に嬉しく思っています」と磯部さんは、新羽のまちの魅力をこれからも発信していきたいとの想いを抱いているといいます。

副会長(新羽南)浅倉さんは「コロナに負けない」挑戦も

もう一人の副会長に就任した新羽南町内会会長の浅倉克彦さんは、長崎県に生まれ、太平洋戦争(第二次世界大戦)で原爆(原子力爆弾)が1945(昭和20)年に投下される直前に三重県に引っ越し。三重県からは、1959(昭和34)年に襲来した伊勢湾台風(死者・行方不明者の数は5000人を超えた大型台風)の前、高校3年生の時に横浜市に転入したというエピソードを語ります。

新羽地域ケアプラザ・コミュニティハウスの大田百香さん(最左)、村井田優子さんの2人のコーディネーターを交えて

早稲田大学法学部(東京都新宿区)時代には、「学生運動が行われていた時代の争乱もあり、命を危うく失いそうになりました」と、「三度、命を失いそうになった」人生について語る浅倉さん。

「山下公園(中区山下町)にある氷川丸の建造を父が行いました」と、海の街・横浜との縁を感じながら育ったという浅倉さんは、1971(昭和46)年にマンションを購入し新羽の街へ移り住んだといいます。

「当時は、新羽にマンションは(ほかに)ありませんでした。新横浜の駅のホームのアナウンスが聴こえ、列車も見えたのですよ」と、浅倉さんは新羽町に移り住んだころを懐かしみます。

宮内新横浜線(手前)は、この春に高田まで4車線で開通し、より便利になった。首都高速道路「横浜北線(きたせん)」など主要高速道路へのアクセスも良好のため、企業の進出も目立つ

宮内新横浜線(手前)は、この春に高田まで4車線で開通し、より便利になった。首都高速道路「横浜北線(きたせん)」など主要高速道路へのアクセスも良好のため、企業の進出も目立つ

サラリーマン時代は大手自動車会社の区内にある販売店で勤務していたといい、「地元・新羽の社員たち、“知っている”地元の子どもたちが、新人として入社してくるんです。“浅倉先輩のお父さんですか”といわれながら指導したのが懐かしいですね」と、業務でも“地域に密着”した経験を思い起こします。

2011(平成23)年から同町内会に加入した浅倉さんは、青少年指導員としても活動、2019(平成31)年4月から町会長に就任。

 コロナ禍で沈みがちだった地域を励まそうと、昨年(2020年)8月には、子どもたちと保護者約80人を迎えての“手持ち花火”イベントを、鶴見川沿いで開催。「参加された皆さんに喜んでいただけたと思っています」と、“コロナ禍”に負けない地域まちづくりの実践についても、その想いを熱く語ります。

新羽の地域課題を乗り越えていくための「挑戦」を

「新羽は交通至便な街」と、その利便性について言及する尾出さんは、横浜市営地下鉄ブルーラインの駅が北新横浜駅と新羽駅2つ、首都高速道路「横浜北線(通称:きたせん)」からもアクセスが容易な立地に、「新しい住民や企業が増えている状況が続きます」と、特に新たに流入してくる人々の多さを感じているといいます。

「新羽のみらいを作る会」では、地下鉄ブルーラインの高架下、新羽地域ケアプラザ・コミュニティハウス横の歩道の花壇に花を植えてメンテナンスをおこなっている

「新羽のみらいを作る会」では、地下鉄ブルーラインの高架下、新羽地域ケアプラザ・コミュニティハウス横の歩道の花壇に花を植えてメンテナンスをおこなっている

新旧住民が歩み寄る地域まちづくりのためにも「情報の発信をより積極的に行っていきたい」との目標も掲げています。

新羽地区の8自治会・町内会長も所属する「新羽の未来をつくる会」(尾出会長)では、子どもたちがより安心・安全に過ごせる地域まちづくりのためにもと、新羽ケアプラザ・コミュニティハウス(新羽町)横の市営地下鉄の高架下の歩道に設置した花壇の設置やメンテナンスを実施。

今年度中にも、「高架下の柱に、子どもたちに絵を書いてもらい、より明るく楽しい歩道にできれば」(尾出さん)という構想もあるとのこと。

多彩な経験を持つ新たな3人の新役員により、新しい未来の「新羽」を描く、新羽町連合町内会。

さらなる超少子高齢化の進展やIT時代の到来も見据え、拠点となる地域ケアプラザや地域のボランティア、活動団体の協力も得ながら、「コロナに打ち克つ」新たな地域まちづくりへのチャレンジが、今後大きく期待できそうです。

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【参考リンク】

新羽町連合町内会の紹介(港北区連合町内会公式サイト)