全国各地から“野球エリート”たちが集まる強豪校を相手に先制点を挙げ肉薄、“あと一歩”届かずも、「大きな成長」を見せる試合となりました。
1968(昭和43)年以来56年ぶりの甲子園出場を目指した武相高校(仲手原2)は、きのう(2024年)7月23日10時から横浜スタジアムで行われた「第106回全国高校野球選手権大会」神奈川大会(県高校野球連盟・朝日新聞社主催)準決勝で、横浜高校(金沢区能見台通)と対戦。
横浜高校のエースで先発投手の奥村頼人君を攻め、2回表2死満塁から9番打者の渡辺羽音(はねと)君がライト前ヒットを放ち、1点を先制します。
しかし5回裏2死からヒットと盗塁で進塁したランナーを、2年生主将(キャプテン)の阿部葉太君のライト前ヒットにより返され、1対1の同点に。
武相高校の先発投手・八木隼俊(はやと)君の好投や、両チームを通じて失策(エラー)がゼロという好守備も目立つ中、6回表から登板した1年生投手・織田翔希君からはヒットを放つことができず5三振を喫するなど、打撃面では苦しい展開となっていきます。
それでも八木君はピンチを乗り越え、9回裏2死まで打者を抑え続けていきましたが、ヒットや四球、申告故意四球(投球せずに打者を1塁へ進めることが出来る四球のこと)で満塁となったことから、球場内の緊張感も高まる展開に。
最後は、2番打者・奥村凌大君がレフトへ鋭い打球のタイムリーヒットを放ち、ゲームセット。
1対2のサヨナラ負けという劇的な展開での「夏の終わり」を迎えることになりました。
試合ごとに「成長」、3年生は引退へ
横浜市の最高気温が34.6度(気象庁)と、真夏の厳しい暑さの中行われた横浜スタジアムでの準決勝。
夏の大会では、同じく準決勝で東海大相模に敗戦した2010(平成22)年以来14年ぶりの「ベスト4」進出、決勝戦で桐蔭学園に優勝を阻まれた1971(昭和46)年以来、54年ぶりの決勝進出に挑んだ武相高校と、昨年(2023年)、慶應義塾高校に敗れ、夏の甲子園出場を逃した横浜高校の戦いには、外野席も開放しての約1万7000人の観客が訪れるなど、高い注目度を集める試合となりました。
武相高校の卒業生として2020年8月から就任した豊田圭史(けいし)監督は、「(昨年秋の)新チームのスタート時には、近年のチームの低迷もあり、いろいろな苦しいことがあったのですが、今の3年生がよくやってくれました」と、目標に掲げてきた“甲子園への夢”を共有できた3年生たちによるチームづくりを称えます。
過去5年間の夏の大会の戦績も、4回戦が2回、3回戦が3回と厳しい戦績が続いていたこともあり、「まだまだ(実力が足りない)。目指すべきところは甲子園、3年生たちの最後の舞台(としての甲子園)は目標だったので」と、5回裏に盗塁を許してしまい同点にされたことや、最終回の「申告故意四球」からのサヨナラ負けという結末に、自身の采配(さいはい)が正しかったのかと問いかけます。
「本気で人生賭けて」采配を行ってきたという豊田監督は、敗戦の悔しさを滲(にじ)ませながら、「横浜高校さん、やはり技術も、才能ももう全てにおいて“エリート”の素晴らしい選手たちの集まりに、僕らみたいなチームが勝つには、“この1球”というのを(これからも)突き詰めていきたい」と、次なる対戦での勝利を期す決意を語っていました。
それでも、「試合ごとにチームが強くなってきた」(報道関係者)との言葉通り、「去年の新チーム始まってから、秋の大会、春の大会とチームの雰囲気もどんどんよくなって、練習の雰囲気も、秋前と今では全く“別のチーム”のような状況になりました」と、主将の仲宗根琉空(りく)君は、自身活躍できたという守備面含め、チームが試合に挑むごとに“強くなってきた”日々を振り返ります。
「秋に(横浜高校と)試合をしていたら、コールド負けになっていたかもしれません。皆、中学校時代から“無名”な選手たちばかり。本当にみんなと頑張ってきたので、秋から春、夏と、成長を見せられたのは良かった」と語ります。
長いようで「短い夏」を走り抜けた選手たち。
“ベンチ外の部員”とも交流や理解を深められているという大きな「声援」、また学校関係者からの「励まし」にも“感謝”しているという部員一人ひとり、そして豊田監督ならではのこれからの新たな“チームづくり”にも、より大きな注目と期待感が寄せられることになりそうです。
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【参考リンク】
・バーチャル高校野球「神奈川大会」(スポーツブル)