人口減少時代を迎えるからこそ、シンプルで分かりやすい大都市制度を――。
横浜市は今月(2024年)3月9日、港北区日吉の慶應義塾大学日吉キャンパス協生館内で「『特別市』の法制化の実現に向けて~横浜の未来を創る『特別市』シンポジウム」を開き、参加した約300人の市民を前に山中竹春市長らが大都市のあり方として、特別市制度の必要性を訴えました。
特別市とは「特別自治市」の通称で、「都道府県と市町村」という二層制になっている現在の仕組みに加え、都道府県を介さずに国と直接交渉ができる大都市制度を設けようというもの。
知事が猛烈に反対、法律から削除
戦後間もない1947(昭和22)年に地方自治法が制定された際は同様の制度が設けられていたものの、「当時の神奈川県や大阪府、愛知県などの知事から猛烈に反対された」(山中市長)こともあって、実際には採用されないまま法律から削除された経緯がありました。
「特別市の代替案として、児童相談所や土木事務所など、一般の『市』より少し多めに権限を持たせた『政令市(政令指定都市)』の制度はできたが、これは大都市制度の途中過程であると考えている」と山中市長。
これまでも特別市の制度を復活させようという動きは幾度か見られましたが、「経済も人口も右肩上がりで余力があったためか盛り上がらなかった」といい、「これから人口が減少して経済規模も縮小するなかで、大都市のあり方や構造の問題が露呈してきた」(山中市長)といいます。
パリやローマより人口が多い横浜市
現在の横浜市の人口は約376万5000人(2024年3月現在)。フランスのパリ(約220万人)やイタリアのローマ(約278万人)、ドイツのベルリン(約364万人)といった欧州3国の首都よりも大きく、アメリカ第二の都市であるロサンゼルス(約384万人)に迫る規模です。
国内では静岡(約354万人)や茨城(約282万人)、京都(約253万人)など38の府県と比べても人口が多い大都市となりました。
それでも、都道府県と市町村という「金太郎あめのような二層制の枠組み」(山中市長)のなかで基礎自治体としての運営が行われているため、防災や教育面などで県を通して国とやり取りしなければならない場面も多く、「県と市で権限が分かれていて非効率」(同)と訴えます。
海外では韓国のソウルやインチョン(仁川)、フランスのパリやリヨン、ドイツのベルリンやハンブルクといった大都市は広域自治体や州と同等の権限を持っており、「日本の自治体は大きさに関わらずどこも同じ二層構造となっており、世界の行政構造から見ると特異なのではないか」(同)と疑問を呈しました。
特別市は「行政内部の流通革命」
基調講演に登壇した一橋大学大学院の辻琢也教授は、「行政組織のプラットフォーム改革を行っていかないと、持続的に発展することは難しい」と指摘。
そのうえで、「特別市というのは行政内部の流通革命だ。今ある資源負担の配分をよりシンプルかつ効率的で分かりやすくし、受益と負担の見える化を進めていこうという点がポイント」と解説します。
これまでも国や県、県や政令市といった枠組みで権限移譲の協議は行われてきたものの、長い時間がかかっているといいます。
たとえば、大きな災害が発生した場合の救助要請は都道府県が行っていましたが、2019(平成31)年4月の法改正により、横浜市や川崎市など全国9つの政令市は独自の判断で災害救助法の適用を決められるなどの権限が移譲されました。
辻教授は「この法改正をするだけでも5年近くを要したが、これでも早い方だった。市と県の重要な戦力を費やすことになり、これはやはり無駄だ」といい、「司令塔の一本化をしていくうえで最大の効果が得られるのは特別市だ」と述べます。
「たとえば新型コロナ禍の時も支援金によっては市からだったり、県から来たりしたが(住民や事業者に)メリットはほとんどない。1カ所にまとめて総合的に対処する必要がある」と指摘しました。
市内の「県営」施設はなくなるのか
一方、政令市が県を飛び越えて国と直接する特別市になると、市内の住民は“県民”という立場ではなくなる可能性があります。
市民の立場からシンポジウムに登壇した俳優の五大路子さんは、「私たちアーティストは(横浜市内にある)県の『KATT(カート)神奈川芸術劇場』や『県民ホール』も使わせていただいているが、特別市になれば県の施設がなくなってしまうようなことはないのでしょうか」と質問。
辻教授は「特別市は神奈川県をなくすことではなく、県の機能を横浜市と一体にするということなので、必要な事業は特別市に移管されていくことになる」といいます。
そのうえで、「現在も横浜市内には市の施設が圧倒的に多い。県で一番多いのが公営住宅だが、人口減少を見据えながら公営住宅として一元的に管理していくほうが使い勝手がよくなるのではないか」と説明しました。
「区」と「警察」をどうすべきか?
一方、特別市になるうえで決めなけれならない課題には現在の区(行政区)の位置付けと、都道府県が設置する警察組織をどうするかという点にあると辻教授は言います。
「(東京23区のように)各区に法人格は有しないというのが基本ラインだが、今よりも区長の位置付けと議会の機能を強化する必要があるとの方向は出ている」と述べ、「一番大きな部分は警察で、かつて『横浜市警(自治体警察、1948年~1955年)』はあったが今後どうするかだ」と指摘していました。
山中市長は「特別市の法制化を目指すのは選択肢を広げるためで、その評価や選択をするのは市民の皆さんだ。まずは選択の幅を広げるため、今後もこうした機会を持っていきたい」と話し、シンポジウムを締めくくりました。
(※)この記事は「新横浜新聞~しんよこ新聞」「横浜日吉新聞」の共通記事です
【関連記事】
・<神奈川県が反論>横浜や川崎の独立は「県の分断」、特別市構想を疑問視(2024年5月16日、県の見解)※リンク追記
・【前回開催時】日吉でのシンポジウム盛況、横浜市は県から離れて「特別市」になれるか(横浜日吉新聞、2023年3月16日、市民目線での話もレポート)
・神奈川県から“独立”目指す横浜市、「特別自治市」のメリットは誰にもたらすか(横浜日吉新聞、2021年6月21日、特別市を目指す経緯や詳細)
【参考リンク】
・横浜市が目指す新たな大都市制度「特別市(特別自治市)」(横浜市政策局)
・神奈川県「特別自治市構想(通称「特別市」)に対する見解」(2022年11月18日、県は「住民目線から見て法制度化することは妥当でない」との見解)