【ラグビーワールドカップ新横浜レポート第5回】ラグビーW杯史上初の試合中止と、台風来襲による開催危機、そして6万7000超の観客が見守るなかで日本代表が切り拓いた未知の世界――。今月(2019年)10月12日(土)・13日(日)に日産スタジアム(横浜国際総合競技場)で起こった出来事を、同スタジアムの試合をレポートしてきた港北区在住のライター・田山勇一氏が綴ります。
幻となった「イングランド対フランス戦」
ラグビーW杯では9月21・22日以来の日産スタジアム開催。台風来襲と中止、そして日本代表戦と息つく暇もない2日間だった。関東を直撃した大型の「台風19号」は、首都圏だけでなく信越や東北にかけて大きな被害をもたらし、週末に予定されていた試合にも影響をおよぼした。
台風が上陸する予定の10月12日(土)は、30年以上続くラグビーW杯の歴史で初めて、予選プール2試合の中止が決まり、うち1試合は日産スタジアム開催分が該当してしまった。
同じく中止となった愛知県豊田スタジアムの「ニュージーランド対イタリア戦」は、イタリアにとって予選突破のかかる一戦だったが、引き分け扱いとなったことで戦うことなく予選敗退。同国のキャプテンが「“プランB”を用意していないのはおかしい」と疑問を呈していたというが、まったく同感だ。
台風シーズンの日本で、主催者は予備日とか順延開催日とか基本的なことさえ考えていなかったのか。海外から高額な旅費とチケット代を費やし、日本各地へ観戦に訪れている人は多いのだ。(日本人だって、あの分かりづらいサイトに我慢して全国の人が必死にチケットを取ったのに)
中止となった日産スタジアムのイングランド対フランス戦は、両チームともに予選プール通過は決まっていたものの、ラグビー発祥のイングランドと、強豪のフランスによる対決は注目カード。だからこそ、今大会で最大規模を持つ日産スタジアムが会場となった。
ラグビー熱の高い2カ国(イングランドはイギリスの一部ではあるが)だけに、すでに台風前から国際線で新横浜へ駆けつけていた人も少なくない。
10月12日(土)台風で行き場を失う観戦客
試合が行われるはずだった10月12日(土)、新横浜の街は朝になっても眠ったままだった。
大型台風の来襲に備え、東海道新幹線は早々に全日運休を決め、駅の構内にある店もほぼすべてが臨時休業。駅全体が薄暗い。細々と運転を続けるJR横浜線や市営地下鉄、路線バスも午前中でほとんどが終了する。
風雨が叩きつける駅前には、海外から観戦に訪れた人も幾人かいて、唯一灯りをともす駅前東口の「ヤマザキデイリー」や、アリーナ通りで開店していた貴重な店の一つ「カフェミラノ新横浜店」(ここは海外観戦者のお気に入りスポットの一つ)で時間をつぶしている。
せっかく日本にまで観戦に来てくれているのに、台風によるこの街の姿と天候。申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
試合が行われるはずだった日産スタジアムにも人の気配はまるでない。
入場ゲートのテントは折りたたまれ、装飾もほとんど取り外され、ガラス窓には空襲対策のごとく養生テープをクロスさせて貼り付けている。まだ来ていないのに、すでに嵐の襲来後といった雰囲気で、明日の日本戦さえできないのではないか、と思わされる光景だ。
暗澹たる気持ちで、雨に打たれながら日産スタジアムの外周道路を歩いていたら、人の気配のない通路に、外国人の若い夫妻が小さな雨合羽を着て現れた。試合が観られないまでも、スタジアムの姿だけでも見ておこうと思ったようだ。
こちらの姿を見つけるなり、「ハロゥ!」と手をあげてやたら大きな声で挨拶してくる。この風雨のなか、よくもそんな元気になれるな、と驚いたが、彼らの満面の笑顔を見て、地元民としては、少し救われた気持ちになる。
セントラルアベニューでは、ホテルをチェックアウトした海外観戦客が傘も持たずに台風の街へ繰り出す姿が見られた。9割以上の店は閉じているが、駅も街も営業していないので、土砂降りのなかをただ歩くだけの“観光”しかできない。
新横浜はみなが逃げ出したような街となっているのに、ビルの軒先には宗教団体の勧誘員が潜んでいて、数少ない“観光客”に声をかけてくる。
嵐の新横浜に残らざるを得なかった人たちの執念のような行動に触れ、明日こそは、の思いを強くした。
10月13日(日)は一転、台風一過の晴天に
雨の多かった今回の台風19号。夜が遅くなるにつれ、東日本一帯で河川の堤防決壊による被害が相次ぐなか、鶴見川は何とか耐えきった。
川からあふれ出た水が新横浜公園へ流れ込んだものの、日産スタジアムに大きな影響を与えることはなかった。
(※)新横浜公園は緊急時に水を貯めておくことを前提とした施設であり、だから日産スタジアムも「高床式」になっている
日本とスコットランド戦が行われる10月13日(日)、港北区内は朝から台風一過の快晴。
主催者は試合開始の9時間前となる10時45分に試合実施を決断し、昨夜から緊急の災害情報を報じ続けているNHKニュースも速報。日産スタジアムの2試合とも中止という最悪の状況は回避できた。
なにより、日本国民の多くもスコットランドのラグビー界も熱望している“最終決戦”だ。開催できなかった地、として多くの人に「負の記憶」が刻まれないでよかった。
午前中から東海道新幹線も横浜線も東急東横線も、首都圏の交通機関は徐々に運転を再開し始めている。
新横浜・小机に“紅白ユニ”の日本人が集結
昨日、台風接近時の“死んだような”街とスタジアムを見てきたので、どこまで復旧できるのか心配だったが、東横線や横浜線の車内には、ラグビー日本代表の紅白ユニフォーム姿の人が目立ち、時おり、スコットランドの伝統衣装「キルト」と呼ばれるスカート姿の人もいる。
小机では、駅前おもてなしイベントの「こづくえマルシェ」が中止となってしまったが、南口駅前では地元の人々が甲冑 (かっちゅう)姿や獅子舞、神輿(みこし)、太鼓を披露。北口の日産スタジアムへのアクセス道路では、おなじみの屋台も出店している。
新横浜でも、駅前の「横浜ラグビーフェスタ」が中止となり、駅前歩道橋など街の装飾も最小限となっていたが、飲食店によるF・マリノス通りでの「呼び込み活動」もいつも通り賑やかで、神出鬼没のタオルマフラー屋もいる。賑わいの場では必ず姿を見せる宗教団体も元気だ。
スタジアム近くでは、バグパイプと呼ばれるスコットランドの民族楽器で即興演奏会を開く現地人らしき人も見かけた。それを「神風」とか「合格」とか日本人なら一生に一度くらいしか身に着けないであろうハチマキ姿の海外客が取り囲み拍手を送る。
駅やスタジアムの周辺では、五郎丸歩選手など、誰もが知るようなラグビー界の有名人の姿も見かけた。彼らはみな、駅から歩いてアクセスしているらしい。
「横浜ハイボール」や「HUB(ハブ)」には海外観戦客が集結し、今日は紅白ユニフォーム日本人も目立つ。新横浜中央通りの「コートホテル」周辺にも海外ファンが集い、なかにはフランスの国旗を身にまとった人もいる。昨日の中止にめげず、新横浜に残ってくれていたようだ。
イベント開催時の新横浜・小机の“日常”に戻りつつあるなかでの試合決行となった。
持込可の反動?あまり売れない場内の飲食物
台風後に慌ただしく試合実施を決めた「日本対スコットランド戦」だけに、一部売店の営業ができなくなる可能性があることから、特例措置として飲み物の持ち込み禁止が解禁された。
とは言っても、ソフトドリンクを持ち込む場合は荷物チェックの段階で紙コップに移さなければならないし、公式スポンサーの手前上、相変わらずアルコール類の持ち込みは厳禁だ。
19時45分という遅い試合開始で日が暮れてしまったためか、それとも食料持ち込みが解禁されたためか、東ゲート前広場にある飲食販売店の売れ行きが良くない様子。キッチンカーの販売員が必死に声を出している。
冷たいホットドッグとかハンバーガーとか焼きそばとかしか売っていないスタジアム内売店より、東ゲート前広場のキッチンカーやテント売店のほうが、工夫した食べ物を提供しているので気の毒になる。
「缶」ではないハイネケンを1杯1000円で提供する巨大な「ハイネケンバー」にもさっぱり人が来ておらず、販売員が看板を持ってスタジアム通路内をまわるほど。
この閑散ぶりは、9月の試合で、ハイネケン以外の貧弱な飲食提供体制によって日本人観客を怒らせてしまった反動か、それとも海外観戦客のようにビールをそれほど飲まないためなのか。目視では、今日の観客の85%以上が日本人に見える。
前半で日本が逆転、信じられない展開に
予選プール40試合で最後となる今日のゲームは、日本のラグビー界にとって、史上初となるベスト8をかける。相手はスコットランド。
南アフリカに勝てた前回2015年大会でも敗れているし、2004(平成16)年には100対8という屈辱的な大敗を喫している。今から30年近く前の1989(平成元)年5月に初めて勝って以来負け続けている相手だ。
それでも今の日本は、過去の代表チームとは違う。開始早々(6分)にトライを奪われても、最初の得点機となったペナルティキックに失敗しても、動じる様子はまるで感じられない。
ペナルティキック失敗の1分後には、日本が誇るトライゲッター・松島幸太朗選手が最初のトライを決めて早々と同点に追い付く。
それからは怒涛の攻撃を続け、いつもスクラムの最前列にいる稲垣啓太選手、さらには俊足のウイング・福岡堅樹選手とトライが続き、前半を終わった段階で21対7。どちらが格上なのか分からない。
さらに後半開始早々にも福岡選手が自身2トライ目を決め28対7という差を付ける。4トライで得られるボーナスポイント(勝ち点1)もここで確保。信じられないほど優位な展開だ。
今大会で最多の観客となった6万7666人(関係者を含めれば7万人は超えているはず)から、うねりのようなウォーという歓声と万歳と繰り返される。
スタジアム内の1階も2階もスタンド360度すべてが、何がなんだか分からないといった盛り上がりで、これがホームゲームの後押しなのかと、その渦のなかで痛感させられた。
相手の猛反撃に悲鳴、耐え抜いて「万歳」の嵐
4トライ目が決まった時点で残り時間は35分。その後、スコットランドの猛反撃が始まると、悲鳴と静寂を幾度も交錯。スタンド内にこだまする止めろ、止めろ、何とかしてくれと怒号のような声。
試合はいつの間にか28対21と、1トライ(5点)とコンバージョンキック(2点)で同点にできる点差まで追い上げられている。少しくらい引き離しても、簡単に逃げ切れるほど甘い相手ではないことを思い知らされる。
アイルランド戦のように、格上を相手に点差を詰めていく時は盛り上がるが、追い上げられる展開は見ていてつらい。「1秒でも早く時計が進んでくれ」、ここにいる6万人以上が思っていることだろう。
日本代表も、英国系やフランス、オセアニアの伝統チームを追いかける立場から、すでに追いかけられるだけの実力に変わっているのかもしれない――、そんなことさえ思わされる試合展開だ。
7点差を保ったまま残り十秒。1秒でも1トライ差なら少しのきっかけで追い付けるケースは多々ある。3・2・1とスタジアム全体の観客が響かせるカウントダウンの声に押され、ようやくノーサイド(試合終了)。
うなだれるスコットランドの選手たち。その横で、抱き合い、手を上げ、ガッツポーズを見せる紅白ユニフォームの選手たち、スタンドのどこを見ても一面が万歳の嵐だ。
やっと80分が過ぎてくれた。反撃が繰り返された後半の30分は、2時間くらいに感じるほどに長く、試合が終わった瞬間に全身の力が抜けていくようだった。
日本に勝ってほしいという個人の強い利害がからむだけに、力が入りすぎて、日本代表戦の試合を現場で観るのは体力の要ることだった。
観客のコスプレ&パフォーマンス大会的な要素も微笑ましい海外強豪国の試合を観戦しているほうが、ラグビーW杯自体の楽しさは満喫できる気がする。
一週間後の10月20日(日)の19時15分から東京調布市の「味の素スタジアム」で行われる準々決勝は日本対南アフリカ戦。日本が勝てば、翌週27日(日)の日産スタジアムに戻ってくることになる。
予選1位での通過となったおかげで、最強国と名高いニュージーランドや、日本が強くなるために鍛え上げたエディー・ジョーンズ前ヘッドコーチ(監督)が率いる強豪イングランドと対戦する機会は、決勝戦へ進出しない限り無くなった。
今月最終の週末、再び日本代表が日産スタジアムに戻ってくることは叶うのだろうか。
その時、日産スタジアムをはじめとした新横浜と小机の街では、観戦者が盛り上がれて、楽しめるように、この日以上の出迎え体制が整えられているはずだ。(田山勇一)
<日産スタジアムでの残り試合>
- 10月26日(土)17:00~ イングランド対オーストラリアの勝者 .vs ニュージーランド対アイルランドの勝者
- 10月27日(日)18:00~ ウェールズ対フランスの勝者 .vs 日本対南アフリカの勝者
- 11月2日(土)18:00~ 決勝戦
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【参考リンク】