【ラグビーワールドカップ新横浜レポート第4回:特別編】ラグビー専用のスタジアムではどれだけ観やすいのでしょうか――。日産スタジアム(横浜国際総合競技場)から少し離れ、「特別編」として埼玉県の熊谷ラグビー場で行われた試合の様子を港北区在住ライター・田山勇一氏がレポートします。
客席からピッチが遠い“総合競技場”の悩み
日産スタジアムの正式名は、ご存じの通り「横浜国際総合競技場」。総合と名付けられるだけあって、サッカーやラグビーといった球技用のピッチ(コート)に加え、外側にはフィールドを囲むように陸上トラックも設置されている。
サッカーもラグビーも、そして陸上競技も、時には大型ライブまでも、客席の多さから世界的イベントの場となる機会が多くなるので嬉しいと思ったりするのだが、「二兎を追う」競技場ならではの弱点も存在する。
それは、トラックが設けられている影響で、客席からピッチ(コート)が遠くなって観戦しづらいとの側面もあることだ。
そんな状況から、一部では“横酷(よここく)”などというインターネットスラングまで流通している様子。
地元である港北区民や本拠地とする横浜F・マリノスファンの間には「日産スタジアム」という名称で知られており、“横酷”とか言われてもまったくピンとこないが、今回のラグビーW杯では最大規模の会場となっているため、ラグビーファンの間にも、観づらいとの声が上がっているのも事実だ。
では、ラグビーファンが待ち望む「専用スタジアム」ならば、どれだけ観やすいのだろうか。それを知るために、埼玉県熊谷市で開かれたW杯の試合観戦へ出かけてみた。
横浜から90分、人口19万の「ラグビーの街」
埼玉県の北部にある熊谷市は、東北新幹線で往来するところ、というイメージもあるが、横浜駅や武蔵小杉駅からは「湘南新宿ライン」の高崎行に乗れば1時間半超で乗り換えなく行けるので、それほど遠くもない。
人口は約19万5000人と大きな街ではないが、ラグビーのプレイヤーやファンなら「ラグビーのまち」として知らない人は、ほとんどいない。
「さいたま博覧会’88」という地方博覧会の会場跡地を使い、3面のグラウンドを持つ「県営熊谷ラグビー場」が完成したのが1991(平成3)年。その年には市内にある県立熊谷工業高校が「冬の花園(全国大会)」で優勝したこともあり、一気にラグビー熱が加速したという。
2000年からは新たに創設された「高校ラグビー選抜大会」の会場となり、「『東の熊谷、西の花園』と並び称される」(埼玉県資料)ようになってはいる。ただ、「花園ラグビー場と比較すると全国的な認知度が十分高いとはいえない」(同)のも現実のようだ。
そんな熊谷ラグビー場が全国的な知名度を高めるためにラグビーW杯の誘致を行い、スタジアムを全面改装したうえで、3試合が組まれることになった。
徹底した案内体制、祭りの「山車」も多数
この日の試合は、熊谷での最終戦(3戦目)となる10月9日のアルゼンチン対アメリカの一戦。
前回大会で3位決定戦まで出場したことから、“台風の目”と言われていたアルゼンチンだが、同じ予選プールの強豪であるイングランドとフランスに敗退。
一方のアメリカも、同日時点の世界ランキングは15位と、ぱっとしない立場。すでに両チームとも予選敗退が決まっており、決勝トーナメント進出には関係しない“消化試合”といえるが、街はとにかく熱い。
熊谷駅はラグビーW杯の装飾で埋め尽くされ、改札口の前に多数のボランティアや案内員が待機。
駅周辺では250年の歴史を持つといわれる夏祭り「熊谷うちわ祭」の巨大な山車(だし)9基が繰り出し、太鼓や鐘を打ち鳴らす。
駅周辺のどこを歩いてもボランティアスタッフに遭遇するほど、案内体制が徹底されており、全体の1~2割と思われる海外観戦客(ラグビーの実力が高いアルゼンチン人が多い)も迷うことはないだろう。
警備を担当する埼玉県警は、その威信をかけるかのごとく、そこかしこに警察官や車両を配置し、絶対に犯罪や事故は許さん、といった雰囲気を漂わせている。
試合開催日の日産スタジアムより、警察の数はよほど多いのではないかと思った。
駅からの遠さはバス数百台の“力技”で運ぶ
ただ、熊谷ラグビー場の一番の泣き所は、駅からの距離が約3.3キロと遠いこと。普段のアクセスは貧弱なバス路線や自家用車に頼ることになっている。
新横浜駅からだと東白楽駅とか樽町(樽町交差点あたり)まで歩いて行く距離だとを考えれば、徒歩でのアクセスはほぼ無理に等しい。
秩父宮ラグビー場が東京メトロ・外苑前駅のすぐ近くにあり、花園も近鉄電車の東花園駅からアクセスが容易なことを考えると、日本を代表する“三大ラグビー場”として君臨するには、熊谷は大きなハンディを背負っている。
それでも、熊谷がラグビーW杯にかける思いは尋常ではないようで、W杯試合時には駅に比較的近い市役所の周辺道路を封鎖して「臨時バスターミナル」と「ファンゾーン」を設置。バス数百台を投入してラグビー場まで片道10分ほどかけてピストン輸送し、混雑する時間帯にはアクセス道路全体に一般車を通行させないほどの徹底ぶりだ。
使用するバス車両も、埼玉県内のあらゆるバス会社からかき集めたようで、東武とか西武とか国際十王交通など、地元企業も含めて駅周辺の道路はバスだらけ。路線バスが10台以上並んで信号待ちをしている光景は、都心でもあまり見られない。
50分の徒歩アクセス路、色んな仕掛けが
一方、駅からラグビー場まで所要50分というかなり無茶な「徒歩アクセス」だが、一部の道路名を「ラグビーロード」と名を変え、“ラグビー場までは歩くことができます”という雰囲気まで作り出した。
実際に歩いてみると、歩道は十分に広くて歩きやすく、さらには熱を吸収するという舗装も実施。要所には「歩いてくれてありがとう」とか「スタジアムまであと2.7キロ、ちなみに3000m走の世界記録は7分20秒」などといったメッセージを掲げたカラーコーンが設置されている。
いい加減、疲れてきたころには「もうラグビーロードを歩かないなんて言わないで」とか、「あー腹減ったー 喉かわいたー」と思わず笑ってしまう内容もある。
さらには、徒歩ルート上の各所にはボランティアスタッフがおり、「お疲れ様です!」「頑張ってください!」などと励まし、ルートの中盤以降になると、ラグビーW杯熊谷開催のオリジナルステッカーまでくれた。
駅からずっと太陽が照り付けるなかで歩き続けるのに疲れ、途中で「山田うどん」(埼玉の郊外に多いうどん店チェーン)へ逃げ込もうと思ったが(ラグビー場へのルート上にはやけに郊外チェーン店が目立つ)、近くにいるボランティアスタッフの手前、恥ずかしいので頑張って最後まで歩くことにした。
熊谷駅から約50分、ようやくラグビー場に到着。新横浜駅から日産スタジアムへの距離などと、比較するのが馬鹿馬鹿しくなるほどの遠さだったが、観戦前の高揚感ゆえか、不思議と充実感があった(足は痛いが)。
2万5000人超のスタジアム、運営は熟練の域
熊谷ラグビー場は、3面あるうちのメインとなるグラウンドをラグビーW杯に対応させるため、120億円以上をかけて大規模な改修を昨年(2018年)9月に終えたばかり。
2万4000人を収容可能としたうえで、1600席の仮設スタンドも増設し、合計2万5600席を設置。仮設分を含めれば、日本のラグビー場としては、秩父宮や花園とほぼ同規模にまでなった。
7万3000席の日産スタジアムと比べると、ラグビー場自体は大きくないが、公園のなかにあるという環境は同じで、周辺に緑が多く、気持ちがいい。
2時間前の開場時には長蛇の列ができていたが、5分も待たずに入場。
スタジアムの敷地内にはキッチンカーを中心に飲食物が販売され、こちらも過不足ない店舗数で、あまり並ばずに買える。
緑色のビールしかないのは相変わらずだが、無料の給水所も分かりやすい場所に2カ所あるし、食べ物は地元の飲食店を中心にB級グルメ的なメニューが豊富で楽しい。9月の日産スタジアム開催時のように、観客が右往左往させられることも皆無だ。食品を持ち込んでいる人もあまり見かけない。
このあたり、W杯前の日本代表戦も含めて3試合の開催を経て、熊谷が試合運営で熟練の域に達しているように感じられた。
3000円の席なのにピッチは目の前の近さ
この日の試合で購入できたのは、最低ランクの「Dカテゴリ」。もっとも見づらいとされる“ゴール裏”のエリアで、3000円という価格だが、2列目に指定された席は、グラウンドの真横と思えるような位置だった。
大学ラグビーの練習試合を観るかのような近さで、最前列の客席とピッチ(コート)までの間は8メートルほどしかなく、間にはメディアの撮影スペースしか置かれていない。
練習中のラグビーボールがたびたび客席に飛び込んできて、最前列からピッチ上に返す際、ボールボーイに記念撮影のシャッターを押してくれ、と頼むアルゼンチンファンがいたり、スタンドに飛び込んだボールを投げ返すと、メディア席にいるカメラマンの後頭部に当たってしまったりと、ピッチと客席間の“狭さ”ゆえの微笑ましいトラブル(?)もある。練習中の選手に声をかけるアルゼンチンファンも多い。
2002年のサッカーW杯時に「フーリガン対策」として設置されたプラスチック透明板に遮られている日産スタジアムとは、まったく環境が違う。平和というか牧歌的というか、紳士的でなければならないというラグビーの精神が観客にも求められているのだろう。
市内の全小中学生を招待、対戦国の国歌唄う
アルゼンチン対アメリカの試合は13時45分の開始。試合前の国家斉唱では、スタンドを埋めた熊谷市内の小学生が、なじみのないアルゼンチン国歌や、少しだけ聞いたことのあるアメリカ国歌を唄っている。現地語で唄うために相当な練習を重ねてきたに違いない。
熊谷市では1万4000人いる市内の小中学生を3試合に分けて招待しており、この日は15小学校の5000人が先生に率いられて続々とスタジアムを訪れた。
まだ幼い小学低学年の児童も一人1枚ずつチケットを手に持ち、時おり荷物チェック(何人かに1人は形式上、行わなければならないようだ)を受けながら、入場ゲートをくぐっていく姿は可愛らしかった。
一応、横浜市も開催都市だが、無数にいる市内の小学生や中学生を招待できるはずもなく、「そんな金はない」とどうせ言うはずだ。
なにより、今回の主催者は、高額で売れる席を子どものためにタダで供出するような奉仕的精神を持ち合わせているとは思えない。
強さ目立つアルゼンチン、米国は戦意喪失?
試合が始まった。下位を走るアメリカの戦意喪失か、ベスト8経験を持つアルゼンチンの強さか、開始18分以降に水色の横縞(しま)ユニフォームのアルゼンチンが一方的にトライを重ねる。
3000円のチケットなのに、あまりの観やすさに興奮していたアメリカファンの日本人夫妻も「あぁ」というため息ばかりで、最初は頑張っていた「USA」コールもやめてしまった。
この日の観客数2万4377人のうち、約5分の1を占める小学生は、アルゼンチンコールもUSAコールも入り混じっていて、手に持つ「うちわ」やボードも、アルゼンチンとアメリカの国旗が片面ずつに貼られている。
試合開催の街だけあって、小学生から率先しておもてなしの精神を発揮している。
19対0の前半終了直前にようやくアメリカがチャンスをつかんでトライを決めた時は、会場全体がUSAコール一色となったが、盛り上がったのはそれくらい。
後半もアルゼンチンの攻撃ばかりが目立ち、アメリカは終了間際に2トライをあげて反撃を見せたが、終わってみれば47対17の30点差。
「実力通り」というべきなのだろうか。予選プール突破はならなかったが、アルゼンチンは2勝2敗の3位で今回のW杯を終え、アメリカは勝ち点「0」の最下位に沈んでしまうことになった。
パーティーのように居心地良いファンゾーン
驚異的な台数が投入されたシャトルバスで10分ほど、熊谷市役所近くのバスターミナルに戻ると、隣接してパブリックビューイングなどが行われる「ファンゾーン」がある。
飲食物の持ち込み厳禁を貫く横浜みなとみらいのファンゾーンとは違い、熊谷ではビンと缶以外は、食料もペットボトルも持ち込みができる。
公式スポンサーである緑色のビール会社(日本ではキリンビールが製造と販売を担当していたりする)も、缶ではなく、生ビールのような専用のサーバーで提供しているし、キッチンカーによる食べ物も不足はない。
目立たないテントではひっそりと地元の銘酒や、今日の試合に関係する、ということなのかアルゼンチンのワインまで売られていて嬉しくなる。中高年諸氏がこっそり買って楽しんでいる。
熊谷の試合と接続するようにして始まった静岡での「スコットランド対ロシア」戦が大画面で流れる。日本と同じ「プールA」の試合だ。今日のアメリカ以上に実力差か戦意喪失か、ロシアの弱さばかりが目立ち、日本人の客からため息が漏れる。スコットランドが負ければ、日本のベスト8進出が濃厚になるのだが、そんな淡い期待は即座に打ち砕かれた。
ファンゾーンには試合後の観客が次々と集まり、会場はアルゼンチンやアメリカのファンを交えた“二次会”というか、“お別れパーティー”のような雰囲気となる。会場には外国語と日本語と英単語が入り混じっている。広くもなく、狭くもない会場は盛り上がるのにもちょうど良い。
釜石もそうだったが、一体となって世界的イベントを誘致して盛り上げ、街と人から高揚感がにじみ出ているような雰囲気のなかに居られるのは、試合を観ているよりも楽しい。
試合前後の交流も含め、ラグビーW杯の本当の目的はこんな部分にあるのでないか、と熊谷へ行って思わされた。(田山勇一)
【関連記事】
・<釜石レポート>新横浜の大型試合では見られない「ラグビーW杯」の風景(2019年9月30日、釜石もラグビー専用スタジアム)
・<ラグビーW杯レポ2>Jリーグ時と全く違う日産スタジアムの変化に驚く(2019年9月24日、日産スタジアム開催時の環境について)
【参考リンク】