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コラム流域思考最終回を迎えた「コラム流域思考」。川の流域単位で解決を図っていく「流域思考」を提唱するNPO法人「鶴見川流域ネットワーキング(TRネット)」(事務局:綱島西)創設者の一人で、慶應義塾大学・名誉教授の岸由二(ゆうじ)さんがその“思考”について執筆。「暴れ川」と言われた鶴見川の記憶や現在、過去、そして未来を見据え、地球温暖化が鶴見川流域にどのような危機をもたらしていくのか。その危機に対応するどのような知恵が<流域思考>にあるのかについて訴えます。

【連載第3回】“流域思考”で地球温暖化の真の危機対応を

■ 鶴見川から日本全体へ「流域思考」の取り組みを

最終回は、前回の復習もふくめて、少し難しい話です。お付き合い下さい。

気候変動枠組条約やパリ協定について記された環境省の地球環境・国際環境協力~地球温暖化対策のサイト(気候変動の国際交渉のページより)

気候変動枠組条約やパリ協定について記された環境省の地球環境・国際環境協力~地球温暖化対策のサイト(気候変動の国際交渉のページより)

<地球温暖化>という言葉を知らない人はいないでしょう。気候変動枠組条約(※解説は下記または右記リンク参照)、パリ協定(※同)など、関連の難語を知っている方もいるかもしれません。しかし、地球温暖化でいったいどんな危機が来るのか。たとえば足元の鶴見川流域で、綱島や鶴見周辺の暮らしに、いつどんな危機が予想されるのか、リアルに認識できている人々はおどろくほど少ないはず。行政の職員や学校の教員も、危機を適切に理解するのは本当に難しいのが現状です。

しかし、難しいといって理解を放置しておく時間はそろそろ無くなってきました。雨の降り方が変わり、列島各所で想定外の豪雨被害がつづいています。海面上昇も、まともに考え始める国々がふえてきました。ところが日本の世論はというと、どうみても世界の緊張に付き添えていないようにおもわれるのです。

そんな現状のなか、私たちの暮す鶴見川流域は、全国の一級水系で唯一、流域思考の「総合治水・水マスタープラン」をもう40年も進めてきた先進流域なのでした。これまでの総合治水は、激しい都市化に対応する治水対策でしたが、<流域思考>を基本とする同じ枠組みが、実は温暖化豪雨・海面上昇時代の危機にも、基本はそのまま役立ってゆくのです。

そうであれば、綱島から、鶴見川流域から、市民も、企業も、学校も、行政も、相互に連携した温暖化豪雨時代への<流域思考>の取り組みを広げて行けば、それが日本列島全体の温暖化未来への対応の見本、さらには、もっと深刻な危機が予想されるアジア諸国への支援にもなる。そう思うのです。

そこでこの連載の最終回では、地球温暖化で私たちの鶴見川流域にいったいどんな危機が襲うのか、その危機に対応するどんな知恵が、<流域思考>にあるのか、手短にまとめてみたいと思います。

■ 炭酸ガスが地球を温める、豪雨や海面上昇の危機も

世界平均の海面水位の変化(気象庁サイト~潮汐・海面水位の知識:世界の過去および将来の海面水位変化のページより)

世界平均の海面水位の変化(気象庁サイト~潮汐・海面水位の知識:世界の過去および将来の海面水位変化のページより)

石炭・石油・天然ガスなどの化石燃料を大量消費することで、私たち人類は、地球大気圏に膨大な量の炭酸ガスを放出してきました。放出量はなお増え続けており、急激かつ大幅な削減は難しい状況です。そうして増え続ける大気中の炭酸ガスは、地球に到達する太陽光エネルギーの一部を熱に変え、大気を、海を、大地を温め続けています

暖められた大気は大量の水蒸気を含みますので、降れば豪雨、降らなければ干ばつの危機を拡大します。温まった海は膨張し、また温暖化で溶融する氷河の水をうけて海水面上昇をもたらします。

日本列島は、温暖化によって豪雨の頻度や規模が高まる可能性のある位置にあり、もちろん海面上昇の影響も避けられない位置にあると思われます。事態はすでに進んでおり、これから80年あまり未来の2100年には、気温は2~4度、海面は1~2メートルほども上昇する可能性が指摘されているのです。近年日本列島でめだつ局所、広域にわたる豪雨は、その先駆けとも心配されているのです。

■ 鶴見川や日本全体を襲う未来の危機とは

そんな未来、鶴見川流域にいったいどんな危機がありえるでしょう。

世界平均海面水位の変化の将来予測(気象庁サイト~潮汐・海面水位の知識:世界の過去および将来の海面水位変化のページより)

世界平均海面水位の変化の将来予測(気象庁サイト~潮汐・海面水位の知識:世界の過去および将来の海面水位変化のページより)

今年は1947年秋に関東を襲ったキャサリン台風(別名:カスリーン台風)から70年。多摩川・鶴見川共通氾濫を引き起こし、綱島の桃栽培を壊滅させた1938年(昭和13年)の大水害、そして戦後最大の鶴見川氾濫を引き起こした狩野川台風(1958年に伊豆半島と関東地方に甚大な被害を与えた台風)から79年の年にあたります。

100年、150年に一度の規模かと思われるそのような大豪雨が、今後は、50年、100年に一度、あるいはさらに大きな確率で襲来する可能性がでてくると思われます。鬼怒川、広島、岩手で大規模な人災を引き起こした<線状降水帯(せんじょうこうすいたい)>とよばれる局所雷雨の群発する確率も徐々に高まってゆく可能性があります。

そしてさらに世界の動向に対応して、東京湾の海面も徐々に上昇してゆく可能性がある。2100年、東京湾の海面がいまより1~2メートル高い状態になったとして、そこに狩野川台風やキャサリン台風が襲えば、下流域の街の水害はその分だけ厳しさをますことになります。

さらに、流域の7割をしめる丘陵・台地の大小の谷戸(小流域)には、局所的な線状降水帯による広島型の水土砂災害の危機がひろがってゆくことでしょう。

■ 多機能型の遊水地、さらには都市計画そのものに流域思考を

地球温暖化がもたらすそんな危機の広がり・深刻化に対して、私たちはどんな備えができるのでしょうか。

基本は、世界に先駆けて実践されてきた、<流域思考>の治水対策、総合治水の伝統をまもり、丘陵地における緑の保全、開発にともなう雨水調整池の設置下流域での川の浚渫(しゅんせつ=水底をさらい土砂などを取り除くこと)、護岸の整備、各種の下水道対策等を、国・自治体・企業・市民の連携でさらにしっかりすすめてゆくこと。

新横浜多目的遊水地のような多機能型の遊水地を、新しい街づくりとも組み合わせて、さらに広く工夫してゆく必要がある

新横浜多目的遊水地のような多機能型の遊水地を、新しい街づくりとも組み合わせて、さらに広く工夫してゆく必要がある

とりわけ重要なのは、中流域の旧水田地帯等で、新横浜多目的遊水地のような多機能型の遊水地を、新しい街づくりとも組み合わせて、さらに広く工夫してゆくことと思われます。

しかし、港北区、鶴見区、川崎市幸区など、下流の低地域では、超豪雨到来の危機に海面上昇の危機が重なっていくので、総合治水の従来の知恵の延長だけではもはやどうにもならない危機が到来することでしょう。

海面上昇に超豪雨がかさなれば、実はこれらの地域は、鶴見川の氾濫(はんらん)水だけでなく、多摩川の氾濫水もうけて、大規模な共通氾濫を体験することになるはずなのです(昭和13年、綱島の桃栽培を壊滅させた豪雨は、実は鶴見川・多摩川の共通氾濫でした)。

河川や、下水道や、調整地、遊水地での対応ではまにあわず、高層ビルに地域共有の避難フロアを設けたり、街区の設計そのもののなかに安全のための高台を工夫したり、密集低地から周囲の高台に簡単に避難できる道路や公園を工夫したり、都市計画そのものに<流域思考>を組み込んでゆく防災対応が不可避の工夫となってゆくことでしょう。

■ 海面上昇や高台地域の局所豪雨対応で世界の見本流域に

さらに心配されるのは、広島型の小流域激甚(げきじん)水土砂災害の発生です。鶴見川流域はその7割が丘陵・台地。数百、数千の小さな谷があつまってできた地形なのです。そう思って見直せば、港北区にひろがる高台は、どこも小さな谷(谷戸)の連続体。広島のような豪雨(=線状降水帯)の襲来があれば、その一つ一つに、水土砂災害の危険があるということなのです。

地球温暖化は、そのような危険をまねく、局所豪雨の頻度・強度を、高めてゆく可能性があるのです。であれば、鶴見川の流域思考は、バクの形(※下記リンク参照)の全体流域だけでなく、足元の緑に囲まれた小さな谷まで視野にいれた、文字通り総合的な<流域思考>の豪雨防災対応にすすんでゆかなければなりません。

局地的な豪雨が先月(2017年5月)18日にも日吉の街を襲った(慶應義塾大学日吉キャンパス前にて)

局地的な豪雨が先月(2017年5月)18日にも日吉の街を襲った(慶應義塾大学日吉キャンパス前にて)

数年前の8月。慶應義塾大学・日吉キャンパスの学生たちでにぎわう中央広場で、なんと局所的な浸水騒動がありました。雷雲による局所豪雨があり、全域舗装された広場に降った雨が集水されて緩やかな傾斜を流れ下り、大きな校舎入口で数十センチの水没を引き起こしたのです。玄関わきに地下の学習室があれば全水没の危機でした。

調べてみれば高々3~4千平方メートルのくぼ地(=小流域)。でも、時間100ミリの強さの雨がふれば、毎秒100リットル規模の洪水が流下するのです。排水路の規模が小さく、溢れてしまったのですね。慶應日吉キャンパスと同様の大地の凸凹(でこぼこ)は、日吉、篠原、新横浜等々、港北区の高台全域にひろがっていること、あらためて指摘する必要もないでしょう。

地球温暖化豪雨時代の鶴見川流域の丘陵・台地地域は、舗装された町の真ん中でも、また森の広がる郊外の住宅地でも、こんな局所水害が多発する世界になってゆく可能性があるのです。温暖化海面上昇時代、鶴見川流域は、総合治水40年の実績と歴史に自信をもって、さらに前に進めばよいのだろうと思います。

これに、海面上昇対応の多元的な防災型の都市計画、そして、高台地域における局所豪雨による水土砂災害対応を加えれば、そなえは大丈夫。地球温暖化危機にそなえる、日本列島の見本流域、いや、世界の見本流域になってゆくのだろうと思われます。

■ 河川流域文化をそだてる活動で子どもたちの「川辺」を守る

街から川へ、川から流域へ、そしてまた流域視野の「流域思考」で、温暖化豪雨海面上昇時代の都市の危機と安全を考える。

街から川へ、川から流域へ、そしてまた流域視野の流域思考で、温暖化豪雨海面上昇時代の都市の危機と安全を考えてもらいたいと語る岸由二さん

街から川へ、川から流域へ、そしてまた流域視野の流域思考で、温暖化豪雨海面上昇時代の都市の危機と安全を考えてもらいたいと語る岸由二さん

鶴見川の総合治水・水マスタープラン(国土交通省京浜河川事務所)を応援しながら、そんな河川流域文化をそだてる活動に、生涯、従事していたいと私は思っています。

仕事の拠点は、ここ、綱島の高水敷。10歳から12歳の子供時代、魚取り、川遊びの秘密基地だったこの地で、安全、魅力、自然賑わう川辺をまもり、そこに集い、遊ぶ22世紀まで生きるはずの子どもたちの歓声に日々触れることができるのは、本当に幸いとおもっています。

毎月第4土曜日、14時から16時まで大綱橋と東急綱島鉄橋の間の川辺の“バリケン島”で、当地で活動する「綱島バリケン島プロジェクト」が主催し、npoTRネット(NPO法人鶴見川流域ネットワーキング)が共催するクリーンアップと楽し自然観察会、「綱島バリケン島定例会」が開催されます。

都合がつけば、私も常連。総合治水も、水マスタープランも、地球温暖化豪雨海面上昇戦略も、すべては、足元の鶴見川に親しむことから、始めましょう。

アシ・オギ小島に川風のわたる会場に、ぜひ、お運びあれ。

<執筆者>

20170401trnet_kishi06岸由二(きし ゆうじ):鶴見川流域の鶴見区・港北区の水辺で遊び育つ。神奈川県立鶴見高校・横浜市立大学・東京都立大学大学院、慶應義塾大学助手、助教授をへて、1991 年から同教授。2013年定年をむかえ慶應義塾大学名誉教授(理学博士・生態学専攻)。地域では、鶴見川流域、三浦半島南端部・小網代(こあじろ・三浦市)などを含む多摩三浦丘陵等において、<流域思考>に基づく防災・環境保全型の都市再生にかかわる理論・実践をすすめている。国土交通省河川分科会委員、鶴見川流域水委員会委員。

(提供:NPO法人鶴見川流域ネットワーキング=TRネット)

【関連記事】

<コラム流域思考>春爛漫の綱島・鶴見川~憩いの場となった川辺は地域の誇り(2017年4月1日、連載第1回)

<コラム流域思考>暴れ川だった「鶴見川」の記憶、未来にそなえる流域思考の連携へ(2017年5月1日、連載第2回)

【参考リンク】

地球環境・国際環境協力(環境省・地球温暖化対策のサイト)※気候変動枠組条約についての記述あり

国連気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)及び京都議定書第11回締約国会合(COP/MOP11)の結果について(環境省サイト)※パリ協定についての記述あり

台風による災害の例(気象庁)

鶴見川流域は「バクのかたち」(NPO法人鶴見川流域ネットワーキング)

鶴見川流域水マスタープランについて(国土交通省京浜河川事務所)

TRネットの定例活動(NPO法人鶴見川流域ネットワーキング)※バリケン島クリーンアップと自然観察~綱島バリケン島プロジェクトについての記述あり