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大豆戸(まめど)の歴史を伝える外観に――港北区役所・消防署前に新たに誕生した複合施設は「地域の歴史」を伝える建築デザインを採用。地域の関係者が集い、新たな施設の完成を祝います。

今月(2024年)4月4日(木)、横浜市港北区役所・港北消防署(大豆戸町)や大豆戸交差点にも近い環状2号線沿いの「区役所前」交差点近くに完成した複合施設「楽じゅ苑」(一般社団法人楽じゅ苑、加藤洋一代表理事)の内覧会・落成式が行われました。

先週(2024年)4月4日(木)に内覧会・落成式が行われた「楽じゅ苑」は大豆戸町の「区役所前」交差点の一角にある

先週(2024年)4月4日(木)に内覧会・落成式が行われた「楽じゅ苑」は大豆戸町の「区役所前」交差点の一角にある

「楽じゅ苑」は、医療機関(クリニック)や療養住宅、屋上庭園を備えた「ケア棟」と、調剤薬局やカフェ、児童施設やクリニックを低層階(1・2階)、高層階(3~6階)を住居とする「レジデンス棟」を抱える複合施設として建設。

大豆戸町に古くから在住していた吉田昌子さん・祥子さんが、2019年以前から土地の活用方法について検討していたところ、今回の「楽じゅ苑」プロジェクトを担う人々とのつながりを得たことにより、同一般社団法人に敷地面積1151.70平方メートルの土地を寄贈

安心・安全に住まい通える場所としての施設、また新たな地域の交流拠点としての完成に至ったといいます。

運営法人や来賓らによりテープカットが行われた

運営法人や来賓らによりテープカットが行われた

この日まず行われた内覧会では、招かれた周辺地域の医療関係者や港北区社会福祉協議会・地域ケアプラザなどの介護事業・福祉関係者らがそれぞれの施設を見学。

続いて行われた落成式では、テープカットに建築施工業者金融機関の責任者らも加わり、建物の完成を祝っていました。

環状2号線側の「レジデンス棟」。「リンクス(LINCS)大倉山」と名付けた複合施設では9月にクリニックやカフェなどがオープンする計画となっている

環状2号線側の「レジデンス棟」。「リンクス(LINCS)大倉山」と名付けた複合施設では9月にクリニックやカフェなどがオープンする計画となっている

既に入居がスタートしているというレジデンス棟のほか、「リンクス(LINCS)大倉山」と名付けた複合施設の「クリニックモール」では、内科・皮膚科・リハビリ科を手掛けるクリニックや皮膚科、歯科が9月にも開院する計画。

そのほか、地域交流カフェやブルワリー(クラフトビール工場)のオープンも9月に予定、パーソナルジムなどの設置も予定しているとのことです。

「ケア棟」内にオープンした「ショウエイナーシングレジデンス大倉山」(療養住宅)にはコンシェルジュなど配置できるカウンター(クローク)も設置された

「ケア棟」内にオープンした「ショウエイナーシングレジデンス大倉山」(療養住宅)にはコンシェルジュなど配置できるカウンター(クローク)も設置された

大豆戸町内会の吉田亙会長(左)も療養住宅を見学

大豆戸町内会の吉田亙会長(左)も療養住宅を見学

ベッドがある部屋の内部を確認する様子も

ベッドがある部屋の内部を確認する様子も

療養住宅「ショウエイナーシングレジデンス大倉山」では、自宅のような環境で療養する新しいタイプの在宅ホスピスとして設置し、24時間看護師・介護体制での見守りを行うといいます。

レジデンスでは、ナースコールによる24時間かけつけサービスや月1回の定期訪問、医療や介護の相談サービスも月額2万7500円(税込)で行うとのこと。

6階建て「レジデンス棟」も見学

6階建て「レジデンス棟」も見学

今後、各施設の正式オープンを経て、地域貢献施設での交流事業がどのように実現していくのかなど、シニアを中心とした地域の人々が集うスペースとしての付加価値の創造に多くの視線が集まることになりそうです。

土地の名士「吉田家」の歴史伝える外観に

土地を寄付した吉田昌子さん・祥子さんが継ぐ吉田家は、大豆戸の名士としての複数の記録が残る家柄。

「三代ほど前の吉田三郎兵衛(代々名乗る名とのこと)は、元福井藩士で養子で入り、醤油製造を始めたようです」と昌子さん。

天保年間(1830~1845年頃)から敷地内に湧き出ていた水を利用し、醤油製造の事業を行っていたといい、その時代を思わせる「醤油の樽(たる)」のデザインを建物外観に採用したと語ります。

加藤代表理事から土地を寄贈した吉田昌子さん・祥子さんに「感謝」と刻まれた記念品が贈られた

加藤代表理事から土地を寄贈した吉田昌子さん・祥子さんに「感謝」と刻まれた記念品が贈られた

「祝賀会」乾杯の音頭は横浜銀行横浜駅前支店・反町支店の支店長で横浜中央エリア統括の宮本直行さんが担当した

「祝賀会」乾杯の音頭は横浜銀行横浜駅前支店・反町支店の支店長で横浜中央エリア統括の宮本直行さんが担当した

その湧き水は、大豆戸不動尊としてまつられ、当時の当主は、その湧き水で道行く人々の喉を潤すために、旧綱島街道まで水路を引いたと伝えられているといいます。

大正時代の米騒動の頃(1918年頃)には、飢餓に苦しむ人々のために吉田家が多額の寄付をおこない、さらに醤油を特価で売り出すことで地域への貢献をはかっていたとのこと。

大豆戸町「字堀上(ほりあげ)」の地が寄贈された。港北区役所や消防署が入る「港北区総合庁舎」が見える場所に建つ「レジデンス棟」からの眺め

大豆戸町「字堀上(あざほりあげ)」の地が寄贈された。港北区役所や消防署が入る「港北区総合庁舎」が見える場所に建つ「レジデンス棟」からの眺め

土地には吉田姓が多かったこともあり「『堀上(ほりあげ)』という屋号で呼ばれていました」と昌子さんが語る、字名にもなっていた土地を「楽じゅ苑」に寄贈。

大豆戸地域ケアプラザの櫻井敦也所長(左から2人目)、同ケアプラザで勤務していた「楽じゅ相談室」コンシュルジュで看護師の稲田説子さん(右から2人目)が案内していた

大豆戸地域ケアプラザの櫻井敦也所長(左から2人目)、同ケアプラザで勤務していた「楽じゅ相談室」コンシュルジュで看護師の稲田説子さん(右から2人目)が案内していた

吉田家が45年間にわたり地域貢献を中心とした不動産活用を進めてきたなか、「集大成」ともいえるプロジェクトとして位置付けているとのこと。

「感謝」と刻まれた記念品を寄贈された昌子さんは「きょう晴れの日に落成を迎えたことを、本当に嬉しく思います。これからがスタートとなります。皆さんどうぞ力をあわせて、この事業が長く続くよう祈っています」との思いを語っていました。

「多くの関係者の思いが結実したプロジェクトなのではないか」と語る、来賓で衆議院の鈴木けいすけ(馨祐)議員

「多くの関係者の思いが結実したプロジェクトなのではないか」と語る、来賓で衆議院の鈴木けいすけ(馨祐)議員

神奈川県議会議員の武田翔議員は「若い時にはできていたことが出来なくなった。人との距離が遠くなっていく肉体的、精神的不安を聞くことが増えた」とのシニアの声を受け、「ここに住む人々の人生が豊かになることを祈っています」との祝辞を述べていた

神奈川県議会議員の武田翔議員は「若い時にはできていたことが出来なくなった。人との距離が遠くなっていく肉体的、精神的不安を聞くことが増えた」とのシニアの声を受け、「ここに住む人々の人生が豊かになることを祈っています」との祝辞を述べていた

神奈川県議会の敷田(しきだ)博昭議員(最右)も来場。さまざまな企業、団体が協力し合う「近郊で見かけない珍しい施設」(建築設計・施工を手掛けた大和ハウスの担当者)らしく多くの関係者がその船出を祝していた

神奈川県議会の敷田(しきだ)博昭議員(最右)も来場。さまざまな企業、団体が協力し合う「近郊で見かけない珍しい施設」(建築設計・施工を手掛けた大和ハウスの担当者)らしく多くの関係者がその船出を祝していた

人々が集うサロンを運営するなど、地域貢献を志す昌子さんの思いが結実した新施設が、今後の本格的な運用を経て、どのように発展していくのか。

日々年齢を重ねながらも、法人・プロジェクトの名称「楽じゅ苑」にも込められた、一人ひとりにとっての「生きることを楽しく感じられる」場所になることが望まれます。

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【参考リンク】

「楽じゅ苑」の場所(Googleマップ)※大豆戸町89-1、「環状2号線」沿い

第129回港北の名望家~大日本博覧絵(『わがまち港北』出版グループ、2014年4月)(大倉精神文化研究所)※大豆戸村(まめどむら)の名主を務めた吉田三郎兵衛邸についてなど。書籍『わがまち港北2』P39に記載