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【わがまち港北歴史探訪(南部編)第1回】1999(平成11)年から20年超にわたって港北区内の歴史を掘り起こし、このほど全3巻の刊行が完結した書籍『わがまち港北』(平井誠二、林宏美著)。本連載では同書に収録されたエピソードを各地域ごとに紹介していきます。第1回は、日本での開催が決まりながらも開けなかった1945(昭和15)年の「東京オリンピック」と港北区の浅からぬ関係を探ります。

『わがまち港北』では、1945(昭和15)年の「東京オリンピック」について何度か取り上げており、

第2巻に収録された

  • 131話:幻の東京オリンピック横浜会場(初出2009年11月)

が最初の登場で、同巻では、

  • 151話:岸根公園の接収~終戦秘話その14

でも少し触れられています。

そして、昨年(2020年)11月に刊行された第3巻には、

  • 217話:東京オリンピックで日吉ゴルフコース(初出2017年1月号)
  • 平井誠二:1940年、幻の東京オリンピックと横浜(初出『季刊横濱』2017年春号)

と2つの原稿が収録されました。

2020年11月に刊行された『わがまち港北』第3巻

特に横浜市が発行する季刊誌『横濱』に掲載され、『わがまち港北』の第3巻に収録された平井誠二さんの原稿「1940年、幻の東京オリンピックと横浜」では、1940(昭和15)年の東京オリンピック計画の経緯と横浜市内の会場構想について詳しく記されています。

これら『わがまち港北』の掲載作品によると、1940年のオリンピックは、1930(昭和5)年から招致活動が始まり、IOC(国際オリンピック委員会)の委員だった嘉納治五郎(かのうじごろう=講道館柔道の創始者)らが奔走し、1936(昭和11)年に東京と札幌(冬季)での開催が決定しています。

しかし、翌年になって日中戦争が勃発したことや、開催に尽力した嘉納治五郎が横浜港へ向かっていた「氷川丸」の船上で病死したこともあいまって、日本は開催権を返上することになってしまいます。

国立競技場近くの「日本オリンピックミュージアム」にも1940年東京オリンピックについての展示がある

このあたりのエピソードは、2019(平成31・令和元)年にNHKで放送された大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺(ばなし)」でも描かれました。

結果として“幻”となった東京オリンピックですが、開催にあたっては東京以外での競技実施も計画されており、現在の岸根公園の場所を競技会場とする構想や、鶴見川の下流でボートやカヌー競技を行う計画などがあったといいます。

岸根公園の場所は、もともと横浜市が防空公園を兼ねた都市計画公園の建設を計画し、周辺の民有地を買い上げていたため、好都合だったようで、オリンピック会場を想定して総合運動公園を作る計画でした。

1971(昭和41)年に一部が公開され、1989(平成元)年に完成した岸根公園

ところが開催権の返上によって、運動公園の計画は中止。その後に続いた第二次世界大戦により、高射砲の陣地がつくられるなどした後、戦後は米軍に接収されてしまいます。

1966(昭和41)年からは在日米軍野戦病院(最盛期にはベッド1000床)が設けられ、ベトナム戦争での傷病兵が運び込まれるなど、1972(昭和47)年に市へ返還されるまでの苦難の歴史のほうがよく知られており、戦前にオリンピックの会場とする構想があったことは、すっかり歴史の片隅に忘れ去られていたようです。

戦争を機に中止せざるを得なかった「1940年オリンピック」のことを振り返ると、新型コロナウイルスに翻弄され続け、1年延期後の現在も暗雲が立ち込める「東京2020オリンピック」とともに、日本における“オリンピック運”の低さを嘆きたくなるかもしれません。

今年の夏、日産スタジアム付近での聖火リレー実施や、オリンピック本番での男子サッカー競技の決勝戦など、今度こそ港北区は、オリンピック開催の歴史を後世に残すことができるのでしょうか。

書籍『わがまち港北』について:港北区役所が発行する区民向け月刊情報紙「楽遊学(らくゆうがく)」で、1999(平成11)年1月から2018(平成30)年4月まで連載された歴史エッセー「シリーズわがまち港北」を中心に、2020年までの書き下ろし作品や資料を含め全3冊の書籍としてまとめたもの。2人の筆者は大倉山の「大倉精神文化研究所」に所属。2020年11月の第3巻刊行を機に全3冊の全国発売と電子書籍化を実施。くわしくは書籍『わがまち港北』の公式ホームページ

)わがまち港北歴史探訪の「北部編」は横浜日吉新聞に掲載中

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