【レポート】港北区内に「プロアイスホッケー」という楽しみが新たに加わりました。今年(2020年)からKOSE新横浜スケートセンターを本拠地とし、「アジアリーグ」の一員として戦うことになった「横浜グリッツ(GRITS)」。今月10月17日(土)に本拠地で行われた開幕戦の模様を区内在住のライターで、昨年はラグビーワールドカップなどをレポートしてきた田山勇一氏が報告します。
苦難のプロアイスホッケーに参入
苦難といえる時代にアイスホッケーのプロリーグに参入するというのは、燃え盛る火の中に飛び込んでいくようなチャレンジではないか。
アイスホッケーのプロチームは、新横浜とも関りが深かった「西武鉄道アイスホッケー部」と西武系の「コクド」が名実ともに首都圏で存在感を放っていたが、2003年にコクドへ統合。2006年にはコクドの合併・消滅により、グループのプリンスホテルが運営する「SEIBUプリンスラビッツ」として名を変えたものの、2009年に廃部となっている。アイスホッケー界に絶大な影響を及ぼしていた西武系の2チームが完全に消えてしまったことが象徴的だ。
大手企業による撤退は西武以外にも相次いでおり、古くは1999年の「古河電工」(栃木県日光市)、最近では2019年の「日本製紙」(北海道釧路市)が撤退。来年(2021年)には名門の「王子製紙」(北海道苫小牧市)までが1社単独で運営することは止め、市民チーム化することを表明している。
地元の熱意によって、古河電工は「栃木日光アイスバックス」、日本製紙は「ひがし北海道クレインズ」とチームの存続は叶ったが、市民チームの元祖である栃木日光アイスバックスを例にみると、地元の熱狂的なファンに支えられながらも、大手企業の後ろ盾を失った後の数年間は、選手の給料支払いが遅延するほど運営に苦労していたことは有名な話だ。
企業の支援だけに依存しないチーム作り
2008年には、福島県郡山市や青森県八戸市を本拠地とする新チーム「東北フリーブレイズ」が誕生し、翌年にはアジアリーグに参入するというアイスホッケー界にプラスの動きも見られたが、このときは大手スポーツ用品企業という“柱”が存在した。
今シーズンからプロリーグに参入を果たした「横浜グリッツ(GRITS)」は、昨年2019年5月に慶應義塾大学のスケート部アイスホッケー部門のOBらが中心となって結成し、現在は30社以上の企業や商店、団体などが「パートナー」として支援しているが、核となるような大手企業は今のところ見当たらない。
企業からの支援だけに依存する形のチーム運営ではなく、横浜グリッツが採ったのが「デュアルキャリア」という考え方だった。
平日昼間は働きながら戦う「プロ選手」
横浜グリッツの選手は、プロとしてチームに所属するが、それ以前に企業などに就職して働いていることを前提としている。つまり、プロ選手である以前にビジネスマンであることが求められる。
平日の昼間は東京都内や横浜中心部、新横浜などで働きながら、早朝や深夜に練習をこなし、土曜日や日曜日になるとプロリーグで公式戦を戦う。
昔ながらの言葉で説明すれば“二足の草鞋(わらじ)を履く”という形で、氷上では鬼の形相で相手チームの選手とぶつかり合っている選手も、平日昼間はにこやかな顔で客先を訪問したり、電話を取ったりと業務に従事している。
ちなみにチームスタッフやチアリーダー「グリッツトパーズ(GRITS TOPAZ)」も多くがデュアルキャリアを実践中だ。
所属企業の理解があってこそ実現したプロ活動だが、アイスホッケーのプロリーグは、「アジアリーグ」という名の通り、韓国やサハリン(ロシア)のチームも参戦しており、現時点では新型コロナウイルスの影響で海外チームとの対戦は予定されていないが、今後は国外への遠征も必須となる。
本稿が掲載されている「新横浜新聞」がこの点をチームに尋ねてみたところ、「公式戦の試合は会社が休みの土日だけだから何とかなるはず」という答えが返ってきたそうだ。
試合以前に敵地への遠征だけで疲れてしまわないか心配なところだが、デュアルキャリアが前提のチームである以上、この点は乗り越える必要がある。
かなり昔の話だが、ラグビーの「新日鉄釜石」という実業団チームは、東京で試合がある時は、岩手県釜石市での仕事(業務)が終わってから夜行列車で長時間かけて移動していたというが、日本有数の実力を誇っていた。
仕事も雪もあって短時間の練習しかできず、移動も大変なのに「なぜあんなに強いのか」とライバルチームも不思議に思うほどで、「仕事があるから強いのかもしれない」との結論に達したとの逸話も残る。
仕事と両立しながらのチーム強化は、工夫とやる気次第で、できなくはないのかもしれない。
リーグ開幕戦は敵地で大敗スタート
前置きが長くなったが、そんな横浜グリッツが一昨日10月17日(土)に新横浜での開幕戦を迎えた。
今年の「アジアリーグ」は、新型コロナウイルスの渡航制限によって海外チームが参戦できないため、暫定的な「ジャパンカップ」として日本5チームのみで戦うことになった。
ジャパンカップの試合は先週10月10日(土)に始まっており、横浜グリッツはそれ以前の9月下旬にも「プレシーズンマッチ」を2試合こなしているので、プロとなってから5試合目、リーグ公式戦では3試合目ということになる。
過去の5試合を振り返ると、栃木日光アイスバックスとのプレシーズンマッチの2試合はいずれも「2-6」で敗れはしたものの、点差を見てもプロとしての可能性を感じさせた。
しかし、敵地の苫小牧で迎えたリーグ開幕戦は、そんな気持ちをへし折られるような厳しい結果だった。
国内最強レベルといえる「王子イーグルス」と敵地の開幕戦で当たってしまうという不運もあったが、初戦は「1-8」で完封負けを逃れる意地を見せたものの、翌日は「0-12」で徹底的にねじ伏せられている。あまりに悔しい結果に、試合後は涙を見せていた選手もいたという。
今はまだ薄い選手層、戦う姿勢が重要に
ただ、大敗の要因には、実力差という以前の問題もあったのではないか。
全速力で氷上を滑りながら、スティックを操ってパック(円盤状の球)をゴールネットに叩き込むことが求められるアイスホッケーは、体力が激しく消耗するため選手の交代(入れ替わり)は自由というルールだ。
1ピリオド・20分間を3回(3ピリオド)戦うなかで、ゴールキーパーを除く5人が頻繁に交代しながら、体力を維持させているのだが、横浜グリッツはゴールキーパーの2人を除いてベンチ入りの選手は14人。相手の王子イーグルスは20人いた。
王子イーグルスは「4チーム」(5人×4=20人)分の選手が控えているのに対し、横浜グリッツは「2.8チーム」(5人×2.8=14人)分にとどまっている。
新型コロナの影響で海外選手の来日が遅れているというアクシデントはあるにせよ、それでなくても強いチームに対し、選手層の薄さという弱点があっては、食らいついていくにも限界があるのではないか。
横浜グリッツの本拠地区民としては、敗戦時に不利な要因や背景を並べ立てたくもなるが、生まれたばかりのチームだけに、今はこの条件で勝ちにいくしかないのだろう。平野裕志朗選手による次のような試合後のコメントを読んでそんな気持ちにさせられた。
「そこはお互いプロである以上、戦う姿勢や、自分たちもプロなんだ、という気持ちを見せないといけない。何かしらの言い訳や滑り止めをつけたような状態で試合に臨むのが一番ダメだと思いますし、そういった不安が連鎖して悪循環に陥ってしまった試合だったと思う」(公式サイトより)
平野選手はアイスホッケー界で有力選手を多数輩出している苫小牧市の出身で、名門の白樺学園高校を卒業後は東北フリーブレイズに入団。その後、単身で海外チームを渡り歩き、昨年は世界最高峰といえる北米「NHL」の2部相当となるチームの試合にも出場し、「日本で一番NHLに近いプレーヤー」と言われている。
横浜グリッツでは、北米リーグが始まる11月末までの活動となるが、あと1カ月半、プロとして戦う姿勢をチーム内に伝え続けてくれるはずだ。
新横浜で開幕の当日券を求める行列
横浜グリッツにとって、新横浜での記念すべき開幕戦の相手は「ひがし北海道クレインズ」。長年、日本製紙が運営するチームだったが、2019年に同社が撤退後、釧路市に本拠地を置く市民チームに衣替えし、昨シーズンからアジアリーグを戦っている。
前週に大敗した王子製紙イーグルスに続き、今週もまたアイスホッケーの本場である北海道のチームと対戦する。当然ながら、簡単に勝てる相手ではない。
当日の前売りチケットは5日前に「チケットぴあ」で売り出したところ5分ほどで完売していた。新型コロナの影響で座席数が制限され、チケットが入手しづらい状況だったこともあるが、寒い雨の中、KOSE新横浜スケートセンターには、試合開始の2時間以上前から当日券を求める30人ほどが行列。一番早い人は朝9時から並んでいたという。
経営面では入場料収入が減ることになり痛手といえるが、チームの本格始動と同時に新型コロナ禍に見舞われるなど不運が続いていただけに、悪天候のなかでもファンが会場を取り囲んでいる風景に希望を感じる。
日産スタジアムや横浜アリーナの催事に比べると人出自体は多くないが、イベントも人も激減した新横浜で、こういう熱い場所が新たに生まれたことが嬉しい。
ずっと座っていると確実に冷えてくる
雰囲気自体は熱いのだが、スケート場の館内は氷が張られているので温度は低く設定されている。この日は、まだ10月中旬なのに外の最低気温が12度ほどまで下がっていたこともあって、氷上を見下ろす観客席に入ってもそれほど寒くは感じられない。
ただ、ずっと座って観ていると確実に冷えてくるので、観戦時は初冬並みの服装と、ひざ掛けなどがあると良い。今は声を出しての応援もできないので、身体が温まる機会もあまりない。
横浜グリッツは、9月26日にいわゆる“オープン戦”のプレシーズンマッチでは新横浜で戦っているが、今日は公式戦の開幕戦らしく会場の装飾もにぎやかになっており、「熱き心・菊池秀治」といった選手の横断幕も増えていた。
菊池選手は横浜グリッツを率いる初代キャプテンで、東北フリーブレイズ出身の34歳。昼間はプルデンシャル生命でライフプランナーとして活躍しており、会場では「事業継承や相続はキャプテンに無料相談!」と書かれたチラシも配られた。
監督や選手を紹介する大型タペストリーにも勤務先が併記されており、浅沼芳征監督は「いい酒と出会おう KURAYA」と自身が経営する酒店、ゴールキーパーの小野航平選手は新横浜企業の「株式会社エコテック」、同じくゴールキーパーの黒岩義博選手は「IKEA(イケア)」といった形だ。
選手とともに勤務先をアピールするというのもユニークで、「デュアルキャリア」という新たなコンセプトを打ち出すチームならではといえる。
一時は同点、初勝利も感じさせられたが…
会場を暗転させての光による演出で、新しいブルーのユニフォームで選手が氷上へ飛び出してきたあとは、横浜市の副市長があいさつして16時にゲームがスタート。
開始早々57秒でひがし北海道クレインズに先制点を許してしまい、嫌な予感にさせられたが、今日の横浜グリッツは懸命に守って第1ピリオドの20分間を0対1で乗り切る。
そして迎えた第2ピリオドの序盤の26分。反則で両チームとも選手が減って相手は4人、こちらは5人という数的有利な「パワープレイ」のチャンスが訪れた。
その直後、平野選手のパスを受けた明治大学卒のルーキー・池田涼希(あつき)選手が強烈なシュートを叩き込み同点に追いついた。
昨年まで大学リーグの中心プレイヤーとして活躍した池田選手、卒業後はプロを諦めようとしていたが、「アイスホッケー界の新たな歴史をともに作っていきたい」との思いから横浜グリッツに加わった有望選手だ。
期待のルーキーが活躍し、試合の中盤で1対1の展開。ホームの後押しも得て、もしかして今日は勝てるかもしれない!そんな雰囲気にさせられる。
しかし、歴史的な初勝利の瞬間を夢見ていたのは5分ほど、31分には逆転されて2対1。1点差は変わらず第2ピリオドが終了し、厳しさを思い知らされた。
第3ピリオドが始まって早々はよく守っていた横浜グリッツだったが、やはり試合終盤は選手の少なさによる体力消耗がプレーに現れたのか、立て続けに失点し、終わってみれば4対1というスコアだった。
「これから厳しい戦いがたくさん出てくると思うが、めげずに泥臭く粘り強く、その姿勢が1勝に結びつくと思う」と試合後に浅沼監督は話した。
終了間際に乱闘、意地を見せた2試合目
翌日の10月18日(日)の2戦目も、試合終了まで残り4分ほどの時点で、前日と同じ4対1というスコアでリードされている展開。昨日と同じ結果になるのか……と思わされたその時だった。
平野選手とひがし北海道クレインズの河合卓真選手による乱闘が発生したのを契機に、仲裁に入ったキャプテン・菊池選手は、河合卓真選手の兄である河合龍一選手と殴り合う事態に発展。
流血騒動で試合は中断し、両チームで4人が一気に退場となった。退場4選手はいずれも東北フリーブレイズに所属したことがあるという共通項を持っていたのは、単なる偶然か、因縁でもあったのかはわからない。
横浜グリッツの柱である2人が闘志を前面に出し、氷上を去ったなかで、残った選手が奮起する。試合終了まで残り2分ほどに迫った57分54秒に松渕雄太選手が得点し、昨日から一歩前進した姿を見せて2対4で終わることになった。
「一試合ごとに進化していると思う。選手たちも最後まで諦めず、乱闘もあって(菊池)キャプテンが真っ先に仲裁に入って最終的にゲームアウト(退場)してしまったが、仲間を守る、チームを守るキャプテンシーを見たし、チームへの思いが出た試合だった」(浅沼監督)
ホームでの初勝利はひとまず先となったが、新横浜では11月の土日に「ジャパンカップ」の4試合が残っている。アジアリーグが本格的に再開すれば、この先も数多くの試合が組まれるだろう。
横浜グリッツの挑戦は始まったばかり。港北区内にアイスホッケーという秋から冬にかけての楽しみが加わったことは間違いない。
KOSE新横浜スケートセンターで観戦してみれば、自らも身体が痛く感じてしまうほどの激しい競技の魅力を、十分に味わえるはずです。(田山勇一)
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