いつもは企業へ通う会社員、秋から冬の朝と週末はプロ選手として“氷上の格闘技”に打ち込む――。
そんな生き方を体現し続けてきた2人のプロアイスホッケー選手が今週(2023年)3月5日に新横浜で行われた試合を最後に引退しています。
プロアイスホッケー「アジアリーグ」の横浜グリッツ(GRITS)で創設時からプレーしてきたDF(ディフェンス=守備)の菊池秀治選手(36歳)とFW(フォワード=攻撃)の氏橋(うじはし)祐太選手(34歳)は、著名企業に勤務しながら、チームの柱として新たなプロ選手の形を見せ続けてきました。
横浜グリッツは、企業などにつとめながらプロ選手として活動する「デュアルキャリア」を前面に打ち出し、2020年秋からアジアリーグに参入しています。
同チームでデュアルキャリアを象徴する存在だったのが菊池選手。東北フリーブレイズなどの8年間で320試合に出場して2017(平成29)年に引退し、企業人として歩みを進めていたなかで横浜グリッツから招へいされ、初代キャプテンをつとめました。
「引退した時点で自分のアイスホッケーキャリアに悔いはありませんでしたが、素敵なチャンスをいただいたので、自分のためというより、チームのために、アジアリーグを少しでも盛り上げたいとの思いから選手に復帰しました」と振り返ります。
氏橋選手も横浜グリッツならではといえるプロ選手。プロアイスホッケー界ではメジャーとはいえない慶應義塾高校・大学を卒業し、その後も会社員として社会人リーグでプレーを続けるなか、創設時のチームに呼ばれ、32歳でプロデビューしました。
「私自身は本当に平凡なプレーヤーですが、デュアルキャリアを達成することができれば、後に続いてくれるのではないかとの思いがありました。チーム内で(デュアルキャリアを先導するための)“人柱(ひとばしら)”なんて表現していました」と笑います。
参入から24連敗、2年目でついに初勝利
両選手がデュアルキャリアの先導役を担う一方、発足したばかりのチームはプロ経験者も少なく、まったく勝てない試合が続きます。
参入初年から新型コロナウイルス禍に見舞われて試合中止が続き、リーグ自体も不安定な状態に陥るなかで厳しい戦いを強いられました。
初めてのシーズンは0勝16敗。次シーズンも開幕から8連敗し、通算24連敗というなかで2021年10月にようやく初勝利をつかみます。
氏橋選手は「間違いなく前へ進んでいると実感でき、成長するきっかけとなった試合」と振り返り、プレーした3シーズンでこの初勝利がもっとも印象深かったといいます。
「負けて、負けて、負け続けて、負ける度にファンの皆さんの心が離れてしまわないかものすごく不安でした。どんなひどい試合をした次の日も応援に駆け付けてくださって、このチームが成長する原動力になったと確信しています」と引退セレモニーではまず感謝の言葉を口にしました。
3シーズン目の今季は、韓国チームも交えた“アジアリーグ”として本来の姿となったリーグ戦で11勝29敗。上位チームには勝てなかったものの、成長した姿をファンに見せています。
菊池選手は、「今季は初めてHLアニャン(当初アニャンハルラ)との試合が組まれましたが、彼らは韓国代表のオリンピック選手ばかり。初戦は韓国で大敗してしまったのですが、試合後のロッカールームで若い選手の目がきらきらしていて、『もっと努力しなければ』と声を掛け合っていました。これなら(自分が引退しても)後を任せられると思えた」。
結果を出すために考え続けた3年間
企業人として日々勤務しながら、チーム内では若手を先導する立場を担い、3年間にわたって走り続けた両選手。
氏橋選手は「デュアルキャリアは時間的な制約が出てくるので、結果を出すためにはどうすればいいのかを考え続けた3年間だった」といい、「会社には遠征の時など自分ごとのように協力してもらい、幸せなことでした。今後は今まで以上に仕事に打ち込み、恩返しをしていきたい」と力を込めました。
菊池選手は「大変だったけどやり切れたとの思いがあります。アイスホッケー界だけでなく、ほかのスポーツ界にもデュアルキャリアをやれたことを伝えていきたい」とこの先の役割を見据えます。
「今日みたいに(会社の人が)数十人で応援に来てくれたのは幸せなことでした。アイスホッケーに興味のある人が(選手の)仕事に興味を持ってくれたり、仕事場の人がアイスホッケーに興味を持ってくれたりするのはデュアルキャリアのいいところ、素晴らしいところではないでしょうか」。
大学の有力新人や移籍選手が続く
プロアイスホッケー界では、かつてのように大手企業が一社でチームを所有するケースはほぼ無くなり、不安定な運営を強いられているチームも少なくはなく、選手を取り巻く環境が良いとはいえません。
プロ生活中だけでなく、引退後も不安を抱えるなかで、グリッツには大学リーグの有力選手がデュアルキャリアに魅力を感じて加入したり、他チームからも移籍してきたりするケースも目立ってきました。
グリッツの生え抜きルーキーとして創設時に明治大学から加入したFWの池田涼希(あつき)選手(#97)は、「1年目は正直『こんなの続けられるかな』と思ったくらい辛かった」と振り返る一方、「3年目になって要領も覚え、会社の人たちもすごい応援してくれています。見に来てくれた時に勝てたので、その後は自分に優しくなった気がします」と笑顔を見せます。
今年、関西大学から加入したGK(ゴールキーパー)の石田龍之進(たつのしん)選手(#32)は「会社というコミュニティに属し、社会人としてスキルアップできるのが魅力。今までアイスホッケーだけをやってきたので視野が広がり、2つのコミュニティに属していることがプラスになっています」と話しました。
ひがし北海道クレインズから移籍したDFの蓑島圭悟選手(#65)は、デュアルキャリアで日本代表もつとめ、グリッツの練習や試合に加えて、海外遠征も多い日本代表チームでも活動中です。
「まずは8時間の睡眠時間をブロックし、それ以外の時間で全部やるという感じです」とデュアルキャリアにおける時間管理の重要性をアドバイスしました。
プレーオフに連れて行ってあげたかった
今後のグリッツについて氏橋選手は「3年目は勝率2割5分超(11勝29敗=勝率.275)なのでまだまだ進化が必要です。大事なのは(デュアルキャリアを)やり続けること。やり続ける力が試される」とチームの後輩にメッセージをおくります。
菊池選手も「デュアルキャリアを根付かせるためには、アジアリーグで優勝し、チームの半分くらいが日本代表に入ることが理想」といいます。
そのうえで、「今季(チームを)プレーオフに連れて行ってあげたかった。出場することで分かることもあるので、そこは悔やまれます」と話し、残念そうな表情を浮かべました。
菊池と氏橋の両選手が去ったなかで迎える4シーズン目のグリッツ。今季最終の2連戦で発揮した結束力と執念があれば、念願のプレーオフ進出を果たし、両選手に成長した姿を見せることができるはずです。
菊池秀治(DF):1986(昭和61)年生まれ、36歳、東京都中央区出身。埼玉栄高校、法政大学でプレー。アジアリーグでは東北フリーブレイズなどで2017(平成29)年の引退までにで通算320試合出場。2020年からの横浜グリッツでは通算83試合出場、2ゴール・3アシスト。
氏橋祐太(FW):1988(昭和63)年生まれ、34歳、アルゼンチン・ブエノスアイレス出身。慶應義塾高校(港北区日吉)、慶應義塾大学を経て就職後は社会人リーグでアイスホッケーを継続。2020年からの横浜グリッツでは通算80試合出場、3ゴール・12アシスト。
【関連記事】
・執念の横浜グリッツ、最後は連勝で“初づくし”のシーズン締めくくる(2023年3月7日、今季の全成績も掲載)
・<横浜グリッツ>3月4・5日に新横浜で最終戦、菊池・氏橋の2選手が引退へ(2023年3月1日、両選手のプロフィールも)
・<2022年の横浜グリッツ>超えるべき壁と「強いチーム」に進化への自信(2022年12月13日、デュアルキャリアの苦労についても)
【参考リンク】
・横浜GRITS「8番 DF 菊池秀治選手 今シーズンをもって引退」(プロフィールなど)
・横浜GRITS「91番 FW 氏橋祐太選手 今シーズンをもって引退」(プロフィールなど)