新横浜・菊名・大倉山・新羽など港北区南部の地域情報サイト

今から4年前の2016(平成28)年7月8日にスタートした「新横浜新聞~しんよこ新聞」は、きょうで丸4年が経過し、これから5年目に入ります。

新横浜の街並み

当時、港北区内の日吉・綱島エリアで同様の「横浜日吉新聞」という情報サイトを立ち上げてほぼ1年が経っており、「3年後の2019年、日吉や綱島と鉄道でつながる新横浜を同じ区民として掘り下げてみたい」との思いで始めたのがきっかけでした。

これまでの4年を振り返ってみますと、新たな鉄道「相鉄・東急直通線(新横浜線)」の開業は大幅に延期(2022年10月~2023年3月開業予定)となりましたが、その間も新横浜エリアでは、首都高「横浜北線」(2017年3月)と「横浜北西線」(2020年3月)が開通。新横浜に近い羽沢では新たな羽沢横浜国大駅を通じて「相鉄・JR直通線」(2019年11月)の運行もスタートし、交通インフラの面で大きな変化を遂げています。

鉄道の要衝であるJR菊名駅を中心とした大改良(2017年12月に新駅舎完成)も印象深い出来事で、ベビーカーを担いで四苦八苦しながら狭い階段を往来していたのが嘘のように、機能的な駅になりました。長い工事が続いていた大倉山駅(2018年6月にほぼ完成)もホームを中心に一新されています。

2018年・19年に連続開催された「新横浜花火大会」

大型イベントでは、2018年7月に初めて企画された「新横浜花火大会」港北区内では19年ぶりの花火大会として区内外から大きな注目を集め、昨年まで2年連続で開催されました。今は継続が難しいものの、この経験は次につながるはずです。

花火に続き、昨年2019年秋には、日産スタジアム(横浜国際総合競技場)が主要会場となった「ラグビーワールドカップ」が開かれ、新横浜・小机では2002年のサッカー「FIFAワールドカップ日本・韓国」以来となる大型の世界大会開催が実現しました。

日産スタジアム(横浜国際総合競技場)でのラグビーワールドカップ決勝戦

試合の度に新横浜・小机の街には、オセアニアや欧州を中心とする訪日観戦者があふれ、日本中が“ラグビー一色”の日々。日本代表の予選突破を始め、大会屈指の好カードとなった準決勝や、7万人超を集めた決勝戦など、新横浜・小机の地に大きな注目が集まったことが昨日のように思えます。

さらに12月横浜F・マリノスが満員となった日産スタジアムで最終戦に勝ち、15年ぶりのリーグ優勝を決めるという快挙もありました。港北区役所での「優勝シャーレ(銀皿)」公開に次から次へとファンが押し寄せていたことも、2019年を締めくくる良き思い出です。

そして今年2020年。今月は日本中が高揚感にあふれるなか、すでに日産スタジアムから小机大橋までの「聖火リレー」を終え、日産スタジアムでは、東京2020オリンピック男女サッカー試合の開幕を待つばかりの状況……というなかで、「新横浜新聞~しんよこ新聞」も5年目に突入するはずでした。

今年は桜が咲いても再開できなかった学校は静まり返っていた(大豆戸小学校)

ところが今年の春以降、常に人があふれていた新横浜の駅にも街にも人の気配が消え、不気味なほどに静かな空間に激変してしまうとは想像さえもできませんでした。

昨年秋の「台風19号」の襲来時は、激しい風雨のなかでも耐え抜くことができましたが、桜が舞う晴天のなかで何日も続く静寂は、ただただつらかった。

初夏に入ったころから少しずつ日常を取り戻し、ようやく外へ出られたと思ったら、今度は「環状2号線」が連続して陥没。人的被害が出なかったのは不幸中の幸いですが、2020年は思いもよらない出来事ばかり続きます。

すでに来年(2021年)は、新春の風物詩だった横浜アリーナでの成人式が開催断念となるなど、その先にある夏の「東京2020オリンピック」は霞んで見えてきません。区内外から多く人を集め、行き交い、華やいでいた新横浜の街が“新型コロナウイルス前”の姿に戻るまでには、まだ遠い道のりなのでしょうか。

港北区は昨年(2019年)区制80年を迎えた

ただ、半世紀以上続く新横浜や、80年超にわたる港北区の歴史からすれば、ほんの一瞬に過ぎない時間ともいえます。目の前の大きな出来事に翻弄されそうになりますが、その間も連綿と日常の生活は続いており、この先もまた変わらない日々があると信じてやみません。

「新横浜新聞~しんよこ新聞」も、ときに激しい変化や出来事に流されてしまうこともありますが、5年目もささやかながら、この場に明るい日常を刻み続けてまいります

今後もご愛読のほど、よろしくお願いいたします。(2020年7月8日、西村)

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