新横浜や篠原の街を見下ろす場所にかつてあった「篠原城」を子どもたちが学びます。
新横浜駅や妙蓮寺駅がある篠原地区に位置する篠原小学校(篠原東3、岩元カオリ校長)では、3年生の社会科の学習で地域を知る「篠原のまちのいろいろ」をテーマとした授業を実施。
複数のテーマの中から「篠原城」について学ぶコース「篠原城と昔の篠原の生活について知ろう」を選んだグループの児童約20人が、地域で歴史を語り継ぐ活動を行う「篠原城と緑を守る会」(村上宥真会長)のメンバーによる“特別授業”を体験しました。
まず初日となる昨年(2025年)11月27日の授業には、同会の中心的メンバーとして活躍する臼井(うすい)義幸さんと神谷(こうや)敏明さんが来校。
新横浜駅にもほど近い大豆戸町、篠原町表谷地区の一帯にある「城山」に築かれたとされる室町・戦国時代の山城「篠原城」について、臼井さんがまずは説明。
江戸時代の城とは異なり、天守閣などはありませんが、鎌倉街道などの重要な交通路や、鶴見川の船着き場などを見渡せる戦略的位置にあったことを挙げ、重要な拠点として長く存在したことを伝えます。
続いて登壇した神谷さんは、発掘調査などで分かった篠原城を守るしくみについて児童に説明。
堀の深さは5メートル、幅が7メートルもあることで、鎧(よろい)を着た敵の兵士が簡単に越えられないようにと設計されていたこと、また城を守る堀や土塁、崖を作ることや入口を狭くする方法についても語り、敵が入ってくることを防ぐ方法についてもわかりやすく伝えます。
ラストの質問タイムでは、城の建設にかかった時間として「数カ月から数年」(臼井さん)との回答や、城に住んでいた人数は「70人程度」(同)、また「兵糧攻め」という食料の供給を断つ方法での攻める方法もあることから、水の確保が城の防衛にとって最も大切だったことについてなども子どもたちに伝えていました。
「篠原城址」体験にチャレンジ
そして“実際”に「篠原城址」を訪問するチャンスがやってきます。
授業を行ったちょうど1週間後の12月4日、同会のアドバイスを受けながら、子どもたちは実際に現地を訪問。
特別な許可なしでは立ち入ることができない横浜市が管理する土地での歴史的な場所での時間を共有しました。

普段は入ることができない「篠原城址」に子どもたちを特別招待(2025年12月、篠原城と緑を守る会提供)
現在も区画された土地空間や土の城壁などの貴重な遺構を残しているという「篠原城址」。
「数年来、見学会を行ってきた5年生とは異なる3年生ということもあり、“体験重視”の現地学習としました」と臼井さんは語ります。
まず、リュックにペットボトルを詰めた鎧(よろい)の重さを想定したものを作り、希望者に尾根を上ってもらうという体験を実施。
もう一つは「かい盾(たて)」という体を守ることができる「たて」の、子ども用に半分の重さのものを用意し、坂道を登りながらの“攻城する難しさ”を体験したといいます。
当初、槍(やり)を交えての攻防戦も企画しようとしたものの、「子どもたちが皆、興奮してテンションがバク上がりになってしまいました」と、槍側はメンバーが行うデモンストレーションに変更。
見張り台では、「重要な場所を見渡せると伝えた先日の授業のことを覚えている生徒が複数いて、感心してしまいました」と、臼井さんは子どもたちの記憶力、また関心を持ったことを探究する姿勢に感動したと語ります。
地域が守り伝える「篠原城」の歴史を、実際に見て学び、体験することで“心に刻んだ”篠原小学校の子どもたち。
これまでになかった目線で土地の歴史を見つめ、またその様子を語り継ぐ“学び”を得られる貴重な授業が、これからも継続して行われていくことが望まれます。
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【参考リンク】
・「篠原城と緑を守る会」へのお問い合わせ ※サイト更新は休止中




