新横浜・菊名・大倉山・新羽など港北区南部の地域情報サイト

法人サポーター会員によるPR記事です】レトロな古民家“一生の宝物”となる記念写真を撮影してみませんか。

大倉山駅から徒歩約11分、綱島駅からは徒歩約18分の大曽根台にひっそりと佇(たたず)む「ふかわ写真館」(株式会社冨川写真)は、今から約7年前の2019(平成31)年1月に開館。

大曽根八幡神社からも徒歩1分、地域に伝わる歴史を継承する「冨川家」らしい風情の古民家、そして鳥居のある小さな庭が、訪れる人々に懐かしさを感じさせるスポットとして好評を博しているといいます。

大倉山駅や綱島駅からアクセス可能な大曽根台にある「ふかわ写真館」の冨川拓未さんは地元港北区生まれ・育ち。地域をよく知るカメラマンとして活躍している(2025年7月)

大倉山駅や綱島駅からアクセス可能な大曽根台にある「ふかわ写真館」の冨川拓未さんは地元港北区生まれ・育ち。地域をよく知るカメラマンとして活躍している(2025年7月)

横浜市内港北区を中心に、著名人の写真撮影や「学校カメラマン」としても知られる、地元生まれ・育ちの冨川拓未(たくみ)さんが日々の活動に込める想いとは。

決して“順風満帆”ではなかったという半生から、一人ひとりの被写体に向けられた“優しいまなざし”を感じられるかの冨川さんの生い立ち、そしてなぜ写真家を目指したのか、とのエピソードについて、詳しく話を聞きました。

武道に親しんだ学生時代から「冨川姓」名乗るまで

冨川拓未さんは港北区大倉山生まれ(病院は菊名)、大曽根育ち。

元々、体を動かすことが好きだった冨川さんは、地元・樽町中学校(樽町4)では柔道部に所属。

横浜隼人高校(瀬谷区阿久和南)時代は、空手や柔術、合気道にも親しみました」と、高校在学時は、部活動ではなく学外の道場などで武道に挑み、心身を鍛える日々だったと、懐かしい青春時代を振り返ります。

「ふかわ写真館」の公式サイト。大曽根八幡神社にも近い古民家の風情を感じることができる場所を提供している

「ふかわ写真館」の公式サイト。大曽根八幡神社にも近い古民家の風情を感じることができる場所を提供している

元々は“蔦森(つたもり)”という父方の姓を名乗っていたという冨川さん。

「母の父(故人)の体調不良から、この地に戻ってきました」と、この写真館の場所は母の実家で、大学時代にこの場所に戻ることになったとのこと。

古民家をリノベーションしたスタジオ内。落ち着きある空間に明るさを感じられるスペースも用意している

古民家をリノベーションしたスタジオ内。落ち着きある空間に明るさを感じられるスペースも用意している

かつての小机初代城主・笠原越前守信為(かさはらえちぜんのかみ・のぶため、~1557年)の子孫にあたる「冨川家」として、姓も“冨川姓”に変更したと明かします。

大学で情報を専攻、欧州旅で「カメラマン」の道へ

高校卒業後は、文教大学情報学部(茅ヶ崎市)に進学したという冨川さん。

新たな技術が日本でも広がりつつあった情報に関する知識を学んだことが、社会に出てからも大きなプラスになったといい、「写真やイラストを扱うデジタル上のスキルも向上、社会に出てからも大きな強みとなりました」と語ります。

昨年(2025年)は「古民家と鳥居のあるお庭」として港北区の花と緑のイベント「港北オープンガーデン」にも初参加。旧小机城主笠原家の子孫「冨川家」の庭であることも紹介

昨年(2025年)は「古民家と鳥居のあるお庭」として港北区の花と緑のイベント「港北オープンガーデン」にも初参加。旧小机城主笠原家の子孫「冨川家」の庭であることも紹介

ちょうど就職が厳しい氷河期世代だったこともあり、卒業後は、学生時代のアルバイトで貯めたお金で海外へ。

ヨーロッパを中心に、スイスやドイツ、イタリアやオーストリア、リヒテンシュタインなど、約半年の期間をかけて5カ国以上を周りました。この時に、せっかく海外に行くのだからと、当時発売されたばかりの5百万画素のコンパクトなデジタルカメラを10万円で購入したんです」と、“ただ記録を残すつもりで”カメラを購入し、渡欧したといいます。

「ヨーロッパ」を旅したことがカメラマンを志すきっかけに。和の風情を大切にしたいという想いもこの時の経験が大きいと語る(「ふかわ写真館」公式サイト)

「ヨーロッパ」を旅したことがカメラマンを志すきっかけに。和の風情を大切にしたいという想いもこの時の経験が大きいと語る(「ふかわ写真館」公式サイト)

しかし、現地で毎日写真を撮っているうちに、「こうやって写すと面白いかも、と考え、写すようになりました。自分自身で写真を撮る構図や角度(アングル)についても熟考するようになり、最終的には2万枚も写真を撮影していました」と、結果、写真家の道を歩む大きなきっかけとなった“忘れられない”旅の日々を懐かしみます。

帰国した後、早速、当時人気のキヤノン製一眼レフカメラ「EOS20D」を購入。「幸い、カメラマンとしての道に進むことができました」と、以降、現在に至るまでのプロとしての研鑽を積むことになった当時を振り返ります。

写真は“一生の宝物”、卒業アルバムでも高評価

社会人時代は、東京都内や横浜市内で、カメラマンとしての経験を積んできたという冨川さん。

「当初は、所属していた先の業務で少年野球の写真撮影を行っていましたが、別の会社に勤務した際に、平日できる仕事として、学校での写真撮影についての紹介をいただき、挑戦したら、面白いなと思って」と、厳しいことも多かったという現場での撮影業務を経て、現在の「学校写真家」としての道にたどり着いたと語ります。

日本アルバム写真家協会(事務所:滋賀県草津市)の「卒業アルバム」小学校部門でグランプリ賞を受賞したことを喜ぶ冨川さん。地元・大曽根小学校(大曽根2)の2023年度(2024年)制作の作品がエントリーの対象となった

日本アルバム写真家協会(事務所:滋賀県草津市)の「卒業アルバム」小学校部門でグランプリ賞を受賞したことを喜ぶ冨川さん。地元・大曽根小学校(大曽根2)の2023年度(2024年)制作の作品がエントリーの対象となった

法人(冨川写真)を立ち上げて以降、現在では横浜市立小学校地元幼稚園など、10数件の撮影や卒業アルバムの制作を手掛ける中、アーティストや芸術家、著名人の撮影なども冨川さんは手掛けています。

特に、子育ても行っている冨川さんが多く依頼されるという「卒業アルバム」の製作では、地元・大曽根小学校(大曽根2)の2023年度(2024年)制作の作品が、日本アルバム写真家協会(事務所:滋賀県草津市)のグランプリ賞を受賞。

「ふかわ写真館」のロゴやデザインには日本文化への想い、古民家への愛情が込められているかのよう

「ふかわ写真館」のロゴやデザインには日本文化への想い、古民家への愛情が込められているかのよう

個人写真が、それぞれ場所をポーズを変えて撮影したことが高く評価されたといい、「小学校卒業という、子どもたちにとっては大切な人生の節目。写真は“一生の宝物”と思い、日々の撮影に臨んだことが評価され、嬉しいですね」と冨川さんは受賞を喜びます。

「より寛いだ空間で」と開設した、先祖代々から伝わる古民家をリノベーションしたという「ふかわ写真館」での写真撮影は、早くも数カ月先までの予約でいっぱいとのこと。

自然あふれる古式ゆかしき日本の風情を感じられることもあり、著名人の写真撮影も多くなっているという(写真はファッション診断サロンYou-Stying=ユースタイリング=師岡町の間島知美さん)

自然あふれる古式ゆかしき日本の風情を感じられることもあり、著名人の写真撮影も多くなっているという(写真はファッション診断サロンYou-Stying=ユースタイリング=師岡町の間島知美さん)

それでも、「時節に合わせての皆様のご要望にお応えできれば。もし、写真撮影をしたい、記念日に間に合わせたいといったご要望、またイベントや出張での対応といったご希望も、随時お問い合わせいただければ」と呼び掛けます。

地元・港北区で生まれ育ち、現在、二児の父としても奮闘する冨川さんが目指す社会は「輝く一人ひとりを、決して“忘れられない”想い出の写真とともに伝えられる」社会。

「学校カメラマン」としても港北区周辺エリアで広く活躍している冨川拓未さん。明るい人柄の周囲では笑顔が絶えない

「学校カメラマン」としても港北区周辺エリアで広く活躍している冨川拓未さん。明るい人柄の周囲では笑顔が絶えない

若き日に眺めたヨーロッパの景色のように、この街がより輝く瞬間、“またとない”人々の笑顔を探しながら、冨川さんらしい“たった一枚”の写真撮影を続けていきます。

)記事の掲載内容については、直接「ふかわ写真館~株式会社冨川写真」にお問い合わせください

)この記事は「新横浜新聞~しんよこ新聞」「横浜日吉新聞」の共通記事です

【関連記事】

【東横線100周年フォーラム】次世代に想い伝える・司会は広瀬未来さん、吹奏楽のゲスト演奏も(2025年8月18日)※冨川さんがイベント当日の写真を撮影

日本の歴史刻む書道家・茂住さんが再び来校、師岡小PTAとの“絆”で特別授業(2025年12月12日)※冨川さんが「学校カメラマン」としての写真撮影を行った

【参考リンク】

ふかわ写真館(FUKAWA PHOTO STUDIO)公式サイト

ふかわ写真館公式インスタグラム

ふかわ写真館公式Facebookページ

法人サポーター会員:ふかわ写真館~株式会社冨川写真 提供)