【地域インターネット新聞社による主催イベント案内】「東急100周年」の歴史を社内外に発信した担当者が、沿線の歴史を解説、未来に向けてのアドバイスも行う予定です。
来週(2025年)8月19日(火)14時から16時まで(13時30分開場、終了時刻とともに予定)、一般社団法人地域インターネット新聞社(新横浜2、橋本志真子代表理事)が主催し開催する公開イベント「東急東横線100周年フォーラム~沿線5駅の“未来を語る”」。
3人の歴史研究家が日吉駅から妙蓮寺駅までの港北区内の東横線5駅の歴史について前半部分で解説。後半は地域活動を行う2人を交えたパネルディスカッションで、沿線の未来を語ります。

一般社団法人地域インターネット新聞社が(2025年)8月19日(火)14時から16時まで開催する「東急東横線100周年フォーラム~沿線5駅の“未来を語る”」のポスター・案内チラシ(1面)。東急株式会社の竹内敏浩さんが東横線100年の概要を冒頭部分で説明、後半では「アドバイザー」として登壇する
今回のイベントでは、アドバイザーとして、東急株式会社(東京都渋谷区)の広報担当・竹内敏浩さんを招へい。イベントの冒頭部分で、東横線100周年の概要についての説明を行う予定です。
大学進学時には、「どうしても交通の勉強がしたくて」と、鉄道研究の道へと進むことになったという竹内さんは、東急グループが2023年に創立100周年を記念して刊行した「社史」のプロジェクトも担当しています。
イベント当日は東横線100周年の全体像を来場者に語り伝える重要な役割を担う竹内さんに、“これまでの歩み”について話を聞きました。
東急沿線で育ち「鉄道好き」になるまで
「小学校のころから、菊名駅(菊名7)の近くに住んでいました。東口のお肉屋さんで塾の帰りに揚げポテトを買ったり、ポラーノ書林(菊名4)という本屋さんに良く本を買いに通ったりしていました」と語る竹内敏浩さん。
現在は、東急株式会社で社長室広報グループに所属していますが、「鉄道を好きになったのは中学生の頃。学校の先輩に鉄道模型(Nゲージ)を見せてもらったのがきっかけでした」と、東急沿線で生まれ育つ中、鉄道が好きになったきっかけを思い起こします。
高校生の頃には、模型から、徐々に実際の鉄道を使った旅の楽しさに目覚めたといい、「休みの度に九州や北海道などのローカル線を乗りに行っていました。結局、日本の国鉄(日本国有鉄道=現在分社化するJRの前身)の路線約2万キロを全部乗ってしまいました」と、当時、国鉄の赤字路線が次々と廃線していくという時代背景も後押しし、“今乗らないと”との思いに駆られて、鉄道の旅に出ていたという当時を振り返ります。
「交通」学べる大学へ、駅員アルバイトも経験
大学受験時には、「どうしても交通の勉強の道に進みたくなり、東京学芸大学に進みました」と竹内さん。
当時、鉄道雑誌で知ったという鉄道史や交通史の研究でも第一人者として知られた青木栄一教授(のちの名誉教授、2020年没)を慕い、教えを受けたいとの強い思いを抱き、同大学に進学したと語ります。
当時学んだ交通地理と交通史の知識は、今でも役立っているといい、アルバイトも「国鉄の新宿駅で1年、東急電鉄の学芸大学駅で3年と、駅員として勤務しました」と、公私ともに鉄道や交通業に触れる時間を過ごしたことを明かします。
“大好きだった”鉄道業界への道に進むに至ったきっかけとなったのは、当時の駅で勤務していた時の“雰囲気”だったと竹内さんは語ります。
「年始にアルバイトに行くと、駅の皆さんから、お雑煮を振舞われたりして、とても家族的な雰囲気でした。今考えると、アルバイトしていた会社にそのまま就職してしまいました。“お雑煮の威力”だったのかもしれません」と、地元の会社だったこと、また“会社の居心地の良さ”を感じたことで、東急の扉を就職先としても選ぶに至ったという人生の選択についても懐かしそうに当時を振り返ります。
多様な業務から「100年史」担当に至るまで
念願叶(かな)って、ふるさとの鉄道「東急」に就職するに至った竹内さんですが、「入社してすぐに、ガソリンスタンドとファミリーレストランで研修を行いました」と、鉄道のみならず、宅地開発やマンション・ビル建設などの不動産業や商業施設の運営、ホテル、ケーブルテレビやスポーツ施設の運営など大変多くの領域での事業を行っている会社らしい“初任地”だったことを明かします。
「ファミリーレストランは『ジョイガーデン』というお店。看板メニューの『ジョイジョイステーキ』はなかなかおいしかったと思うのですが、ガソリンスタンドもこのファミリーレストランも今はありません」と当時を振り返ります。

自ら手を上げ手掛けた「東急100年史」の制作は資料整理から含めると「10年がかりの大仕事」に。「インターネット上でも公開することで、学生の皆様が調べる際に役立つのでは」と、「誰もが見られる」100年史を意識し制作を行ってきた
以降も、その後、全社のコンピュータ通信網の整備や、システム開発などをした後、カルチャースクール事業と、実に多岐にわたる業務に就いたという竹内さん。
「鉄道」とは一見関係のない業務に長く従事してきましたが、いよいよ東急グループが100年に至るというタイミングに遭遇し、「志願して『東急100年史』の編纂(へんさん)リーダーとなりました。広報担当として、主にグループ会社との共同広報や、地域での活動のサポートなどを行っていましたが、いよいよ、といったところでした」と、東急として50年ぶりとなった社史編纂にチャレンジする機会を得るに至ったと語ります。
子どもたちに「次の100年」歩むヒントを
資料整理などからスタートした「東急100年史」事業は、竹内さんにとって10年間にも及ぶ一大事業に。
東横線については、「例えば東海道の宿場町をつないで走った京浜急行電鉄(京急)などとは違い、開業時には、沿線にはあまり人が住んでおらず、田畑が多かったエリアに鉄道を敷いたことが大きな特色となっています」と、そもそも“人口が少なかった”場所に鉄道を敷設したこと、それこそが地域まちづくりを行う東急グループの「DNA」、その象徴の一つが東横線なのではないかと説明します。
一般財団法人日本経営史研究所(東京都千代田区)が一昨年(2024年)11月に行った「第24回優秀会社史賞」で「東急100年史」が入賞作品の1つとして表彰されるなど、地域内外から高い評価を得るに至った社史を編纂した竹内さんは、現在、ライフワークとして、地元エリアを中心とした鉄道愛好家を幼少期から育む地域活動も行っています。
実は「100年史」が、自分が働いている時代にやってくることを認識していたといい、「学生、特に中高生の皆さんには、『東急100年史』は難しい内容も多いと思いますが、例えば学校の探究学習の際に、あることを詳しく調べるときなどに、辞書的に使ってもらえると良いかもしれません。東急のホームページでは、検索ができるようになっていますので、活用してみてください」と、学生時代からの夢が叶い、『鉄道史』を手掛けるに至った“人生の宝物”としての「100年史」を伝える役割を果たせたことを竹内さんは喜びます。
“人口が少なかった”ところからスタートしたという、東急東横線の100年の歴史。
沿線で育ち、鉄道への想いを常に抱きながら人生を歩んだ竹内さんによる「100年史」解説は、多くの子どもたちに次なる100年を歩むヒントを与えるかの貴重な時間となりそうです。
<アドバイザー略歴~自己紹介>
竹内敏浩(たけうち としひろ):1989年東京急行電鉄株式会社(現:東急株式会社)入社。カルチャースクール「東急セミナーBE」の運営や東急グループ広報などの業務に携わる。2018年より「東急100年史」編纂を担当。「東急100年史」上梓(じょうし)後の現在も、各種史料の整理、歴史を通した広報業務に従事している。
(※)この記事は「新横浜新聞~しんよこ新聞」「横浜日吉新聞」の共通記事です
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【参考リンク】
・「東急東横線100周年フォーラム~沿線5駅の“未来を語る”」を主催事業として開催します(一般社団法人地域インターネット新聞社)
・「東急東横線100周年フォーラム~沿線5駅の“未来を語る”」特設サイト(一般社団法人地域インターネット新聞社)



