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【コラム】西武グループと小田急・東急陣営で激しくシェアを争った“箱根山戦争”の名残りが消えつつあるようです。

箱根の重要な観光スポットとなっている「芦ノ湖」(神奈川県足柄下郡箱根町)で、西武グループの伊豆箱根鉄道が100年の歴史を持つ「芦ノ湖遊覧船」を富士急(富士急行)に譲渡することを発表しました。

西武グループの「芦ノ湖遊覧船」、後方は箱根駒ケ岳(2019年3月)

今月(2022年)10月3日に両社が発表したもので、来年(2023年)3月から同遊覧船は富士急グループに入る予定だといいます。

芦ノ湖遊覧船は、今から100年以上前の1920(大正9)年に設立された「箱根遊船」が源流で、その後に西武グループ(当時「箱根土地」)が買収。

湖北岸に位置するケーブルカー桃源台駅に近い「湖尻」から、箱根駒ケ岳ロープウェイのある「箱根園」を経て、箱根神社に近い「元箱根」と箱根関所に隣接する「箱根関所跡」の4港を結んでおり、現在は新型コロナウイルス禍の影響による乗客減で湖尻港を休港しています。

「芦ノ湖遊覧船」を運営する伊豆箱根鉄道は、静岡県の三島と修善寺間に路線を持つ西武グループの鉄道会社

同遊覧船を運営する伊豆箱根鉄道の有価証券報告書によると、同社の船舶事業は芦ノ湖をはじめ、自社で運営する水族館「三津(みと)シーパラダイス」や子会社による浜名湖を含めた3カ所で遊覧船を運営していた2007(平成19)年3月期に3800万円の営業利益を計上して以降、事業単体では15期にわたって赤字状態

この間、2009(平成21)年に子会社の浜名湖遊覧船を売却し、2014(平成26)年には三津シーパラダイスの遊覧船を休航後に再開しないまま廃止とするなどの合理化を進めましたが、新型コロナ禍の影響を大きく受けた2021年3月期にはこの間で最多となる1億6400万円の損失が出ているとのこと。

伊豆箱根鉄道は遊覧船3隻と4つの港を富士急へ譲渡する(箱根関所跡港)

このほど、伊豆箱根鉄道は船舶事業で持つ4つの港とともに、「あしのこ丸」「はこね丸」「十国丸」(各定員700名)と名付けた遊覧船3隻富士急へ譲渡することを決めたものです。譲渡額は非公表。

今後、芦ノ湖遊覧船を傘下におさめることになる富士急では、「家族で楽しめる様々なイベントやリニューアルを計画しており、遊覧船を中心とした芦ノ湖の新たな魅力を発信してまいります」(ニュースリリース)と発表しています。

富士急は今年2月に伊豆箱根鉄道から「十国峠ケーブルカー」などを譲り受けている(ニュースリリースより)

富士急は今年2月に伊豆箱根鉄道から「十国峠ケーブルカー」や「十国峠レストハウス」(静岡県田方郡函南町)を譲り受け、グループ化したばかりでした。

なお、伊豆箱根鉄道は2018(平成30)年4月から傘下のバス会社と「ニンジャバス・ウオーター・スパイダー(NINJA BUS WATER SPIDER)」 と名付けた水陸両用バスを芦ノ湖で運行していましたが、こちらも2021年4月に同じ西武グループであるプリンスホテルに事業を譲渡しており、現在は同ホテル系列の複合リゾート施設「箱根園」が運行を続けています。

西武系に対抗した“小田急海賊船”

小田急グループが芦ノ湖で運航する“箱根海賊船”(2019年3月)

芦ノ湖では、このほど売却が決まった西武系の「芦ノ湖遊覧船」に対し、小田急グループ“箱根海賊船”(箱根観光船運営)がほぼ同じルートで運航しており、傘下の箱根登山鉄道やケーブルカー、ロープウェイなどと連続して周遊ができるようになっています。

小田急系の箱根海賊船は、西武系の芦ノ湖遊覧船とは微妙に離れた位置に港を設置しているのが特徴です。

【左】西武系の芦ノ湖遊覧船、【右】小田急系の箱根海賊船の案内図。同じ湖なのに港の場所や名称が微妙に異なる(両遊覧船のパンフレット・公式サイトより)

西武系の「湖尻」に対し、小田急系は「桃源台」、西武系が運営する「箱根関所港」の近所には小田急系の「箱根町港」と港の名も変えており、「元箱根港」だけは同じ港名ですが、両観光船の乗場は300メートルほど離れています。

また、「箱根園港」は西武系が運営している施設があるためか、小田急系の箱根海賊船は“素通り”して立ち寄ることがありません。

もともと芦ノ湖では大正期からの歴史を持つ西武系の芦ノ湖遊覧船だけが運航していましたが、1950(昭和25)年になると箱根での観光開発をにらんで小田急系が参入

西武系の芦ノ湖遊覧船は日本で初めて「双胴船」を導入したことでも知られる(2019年3月)

これに対し、西武系は1961(昭和36)年に日本で初めてとなる「双胴(そうどう)船」(2つの船を横に並べ上部に船室を設けた形状の船)を導入して世の中を驚かせると、今度は小田急系が“海賊船”を模した船を1964(昭和39)年に新造。子どもらを中心に大きな人気を集めました。

半世紀以上を経た今も、芦ノ湖では西武系が「双胴船」小田急系は「海賊船」という伝統が引き継がれています。

両グループは、遊覧船をはじめとした独自の観光ルートを整備するとともに、西武系は「箱根旅助(たびす)け」小田急系は「箱根フリーパス」といったフリー切符をそれぞれ設定し、客の“囲い込み”を図っています。

昔の箱根は「堤康次郎vs五島慶太」

これらは、戦後間もない頃から1960年代初頭まで両グループが箱根で激しく観光客のシェアを争っていた時代の名残りです。

西武系のフリーパス「箱根旅助け」の案内図、小田急系の箱根登山鉄道やケーブルカー、ロープウェイには一切乗れないが、西武系の影響力が強い十国峠や熱海方面へも出られる

西武系は独自の専用道路を運営していた経緯から路線バスを中心とした交通機関を整備し、小田急系は西武系の専用道路を避けるために箱根登山鉄道の先にロープウェイとケーブルカーを連続して新設。

小田急系の「箱根フリーパス」案内図、登山電車やケーブルカー、ロープウェイにも乗れるのが魅力で、小田急の影響力が強い御殿場方面へも出られる。案内図では芦ノ湖湖畔にある西武系の影響力が強い箱根駒ケ岳の存在は無視

首都圏側からの出入口となる小田原駅を起点とし、両グループが異なる交通機関で芦ノ湖へのアクセスルートを設けています。

西武系は箱根エリアで鉄道を持っておらず、出入口となる小田原から路線バスで観光客を運ぶ

かつて西武系と小田急系の競争が激しかった当時の小田急陣営には、戦時体制下に小田急を合併して“大東急”を形成したこともあった東急グループが加勢

そのため、東急の実質的な創業者である五島慶太と、西武の創業者・堤康次郎という両剛腕経営者による全面対決となり、両グループ間での妨害や訴訟合戦は「箱根山戦争」と呼ばれました。

その後、国や県によるあっせんや、両経営者が亡くなったこともあって1968(昭和43)年には友好協定が結ばれることになりましたが、今でも両グループの交通機関や観光施設が全面的な融合を遂げるまでには至っていません。

コロナで西武が沿線外事業を再編

“箱根山での戦い”から半世紀以上が経った現在、西武グループ新型コロナ禍で経営状況が悪化したことを機に、事業のスリム化を進めており、今回の箱根に限らず自社の鉄道沿線外を中心に再編を加速。

西武ホールディングスでは保有資産を圧縮して機動的な経営体制を目指す「アセットライト化」を行う中期計画を2021年5月に決めている(「西武グループ中期経営計画(2021~2023年度)」より)

全国に展開する傘下のプリンスホテルグループでは、主要ホテルの建物を売却して運営に特化したり、西武傘下のオフィスビルでも売却や流動化したりといった動きが見られます。

港北区内では新横浜が西武グループの拠点として知られますが、昨年はオフィスビル2棟を売却などしたほか、来年3月には新横浜線(相鉄・東急直通線)で西武線から新横浜駅まで線路がつながるにも関わらず、「現在も乗り換えできる駅は多い」(西武鉄道)などとして乗り入れを行わない方針です。

箱根へ乗り込む“山梨の雄”富士急

一方、西武グループから事業を譲渡される形で箱根に参入することになる富士急は、隣接する山梨県を地盤とする鉄道グループ。

富士急は河口湖(写真上)や山中湖(下)などで観光遊覧船を運航しており、すでに運営ノウハウを持っている

主力の富士山エリアに交通機関を展開するなかで静岡県側にも進出しており、御殿場市では小田急グループが土地を所有する大型商業施設「御殿場プレミアムアウトレット」へもバス路線を伸ばしています。

その御殿場プレミアムアウトレットへは、日吉駅などから東急バスと共同で高速バスを運行するほか、自社が運営する山梨県富士吉田市の大型遊園地「富士急ハイランド」方面へも共同運行中です。

富士急は山梨県の鉄道グループながら、2000年代中ごろから港区などの都内へも本格進出しており、バス事業関係者によると、東急グループの本拠地である渋谷周辺でバス事業に乗り出したことから、東急との関係が一時微妙になったことがあるといいます。

渋谷駅前を走る富士急系列のバス(2019年4月)。富士急子会社のフジエクスプレスは2012年から「渋谷シャトル」(渋谷ガーデンタワー・青葉台タワー方面行)や「大和田シャトル」(渋谷区文化総合センター大和田行)といった渋谷駅発着の路線を設けているが、途中に停留所を置かず、公式サイトに案内を載せないなど既存バス会社へ配慮している形跡も

そのため、両グループの対立を懸念した国が主導する形で、東急沿線から山梨方面への高速バス共同運行するよう持ちかけたともいわれています。

富士急は横浜市中心部でも本牧方面への路線を持つなど山梨県外への進出は積極的です。

かつて激しく競合した「小田急・東急vs西武」の名残りが消えつつある箱根へ乗り出すことになった“山梨県の雄”は、首都圏の大手鉄道グループが開発を争った一大観光地を舞台に、どのような事業戦略を描くのでしょうか。

(※)この記事は「新横浜新聞~しんよこ新聞」「横浜日吉新聞」の共通記事です

【関連記事】

駅前の「新横浜西武ビル」売却、「スクエアビル」は流動化、西武HDが経営計画(2021年5月18日、西武は沿線外で事業のスリム化を進める)

御殿場アウトレットへの高速バス、3/10(金)から日吉駅に1日1往復が乗り入れ(横浜日吉新聞、2017年3月3日、富士急は2017年から日吉駅に乗り入れ)

【参考リンク】

富士急グループ 伊豆箱根鉄道より「箱根 芦ノ湖遊覧船」事業を譲受PDF、富士急行株式会社・伊豆箱根鉄道株式会社)

西武系の「箱根 芦ノ湖遊覧船」(伊豆箱根鉄道グループ)

小田急系の「箱根海賊船」(小田急箱根ホールディングス「箱根ナビ」)