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【ST線フォーラムレポート(8)】今月(2022年)8月19日に慶應義塾大学日吉キャンパス内の協生館「藤原洋記念ホール」で行われた「相鉄・東急直通線フォーラム~開業後の“未来を語る”」(ST線フォーラム、一般社団法人地域インターネット新聞社主催)のなかから、今回(第8回)は慶應義塾大学・牛島利明さん(商学部教授・産業研究所副所長)の講演をお伝えします。

【講演】慶應義塾大学・牛島利明さん(商学部教授・産業研究所副所長)

慶應大学商学部教授の牛島さん

ご紹介いただいた慶應義塾大学の牛島です。本日は私どものキャンパスにご来校いただきまして誠にありがとうございます。

最初にここ「日吉キャンパス」のご紹介を簡単にしておきたいと思います。

今、スライドに出しているものは、撮影年時ははっきりしませんが、写真の感じから見て1934(昭和9)年の開校時点ぐらいの写真ではないかと思います。

ちょうど写真の中央あたりに現在の日吉駅があり、左上側が現在の日吉キャンパス、右下側がちょうど放射線状に、まだあまり家が建っていませんが、日吉の住宅街・商店街のあたりになります。

このキャンパスは1934(昭和9)年に開校して、現在の東急の誘致によって「予科」、現在で言う1~2年生のキャンパスとして開校しました。

その後、1939(昭和10)年に「藤原工業大学」が開校して、これが現在の理工学部の「矢上キャンパス」のもとになっています。

今では日吉キャンパスに学生数が1万1000人余り、そして隣の「矢上キャンパス」にも3600人余りいますので、合わせて1万5000人ぐらいの学生が日々、日吉駅から通学しています。

学生と地域のイベント「ヒヨシエイジ」

先ほどご紹介した通り日吉キャンパスは学部の1~2年生が中心のキャンパスになります。現在、慶應義塾の中で最も学生数が多いキャンパスです。

私は商学部に所属しており、専門は産業や地域経済の歴史を研究しています。普段は「三田キャンパス」に研究室があり、そちらにいますが、週に1回、日吉に来て商学部の1~2年生を中心とする授業を担当しています。

元々地域のことをするのが好きだったものですから、学生を対象にフィールドワークの指導も行っています。

そういうことの発展の中で、日吉キャンパスを中心とする地域連携の活動に携わらせていただくことになりました。

先ほどトップバッターの渡辺広明さんが紹介していましたが、例えば「ヒヨシエイジ」(2003年~2016年)というイベントがあります。

2016(平成28)年までで止まっていますが、これは学生が主体になって日吉の地域住民の皆さん、そして大学生が連携して、キャンパスと街が一体になったようなプロジェクト・イベントを長らく続けていました。

日吉や元住吉を舞台に「地域との対話」

また、2004(平成16)年から商学部の総合教育セミナーとして「地域との対話」という授業を担当しています。

この授業は日吉キャンパスの近隣地域、主には日吉・元住吉あたりが中心ですが、1~2年生の学生がフィールドワークを行いながら地域の問題や課題を発見して、自分たちで何か提言をしていったり、地域の中で実際に企画を立ててそれを実行していったりという授業を続けてきています。

例えばこの授業の中では、2006(平成18)年になりますが、日吉の街で集めた「天ぷら油」を再精製して、軽油代替燃料として日吉の街を走る東急バスの燃料に配合して使っていただくという試みもしました。

こちらは元住吉の事例ですが、学生がたくさん元住吉あたりに実際に住んでいます。

学生の外食をうまく促進していくための学生向けのインスタグラム(Instagram)発信を企画して、例えばレストランや飲み屋さんの宣伝を発信しています。

これも元住吉ですが、地域の小学生と大学生が一緒に商店街のお店をインタビューして回って、その結果を夏休みの自由研究の宿題としてまとめる企画をやりました。

これはメディア系で「Moto Zoom(モトズーム)」という名前が付いていますが、元住吉の昔ながらのお店の店主さんを取材して学生がフリーペーパーを作るとか、大学生と若手の社会人が夜に一緒に街をランニングするというコミュニティをつくる企画とか行っています。

こちらは昨年の事例ですが、商店街と連携してフードドライブをして、期限切れが迫っている無駄になりそうな食品を集め、それを大学生や近隣の方が配るという活動もしています。

昨年から今年にかけては、日吉駅で「ごみ拾い」をしたいという学生が出てきました。なぜかというと、ごみ拾いをしながら学生同士が話をして新しいつながりをつくるとか、あわよくば地域の人とも連携していきたいという試みをしています。

これはコロナ禍だったこともあり、学生は全く横のつながりがないというのが一昨年・昨年ぐらいの状況だったので、何とか自分たちで新しい活動をやって、それで自分たち自身も生き生きと生活できる場を見つけようという趣旨であったと思います。

学生と一緒に見つけた地域のつながり

こういう活動を20年近く続けてきて、元々私は商学部の教員だったものですから、どうしても地域を見る場合は経済活動を中心に考えてしまっていることが非常に多かったのですが、日吉や元住吉で学生と一緒に活動することによって新しい発見がありました。

ここでは大げさに「新大陸の発見」という言い方をしていますが、それはどういうことかというと、これまで地域の経済活動という側面しか見てこなかったと思うのですが、あらためて地域においては課題ごとにつながりを持ついろいろな人たち、例えば渡辺さんが先ほどお話をしてくださっていましたが、学校には「おやじの会」があってお父さんと子供が一緒に活動しているとか、それより小さな子供たちに対しては子育ての支援ネットワークとか、商店街や地域の産業を見ているだけでは分からないような地域で活動するさまざまな人が実はすごくたくさんいて、そういう人たちこそ地域の支えになっていることが初めて分かった気がします。

そういう皆さんは昔からそれぞれ活動されていたと思いますが、私にとってはコロンブスがアメリカ大陸を初めて発見したように「こんなところがあったんだ」という新しい発見でした。

こういう発見をすることにより学生への指導の仕方や経験のさせ方も大きく変わってきたように感じています。

大学生の成長には新しい経験が必要

大学生は自分の大学のなかの友達を中心に生活しているので、ほぼ同質的なつながりの中だけで生きているというのが非常に強いです。

彼らの世代にとっては自分たちとは異なる他者の生き方を想像することは非常に難しく、何とか新しい経験をつくっていかないと彼らの成長はないのではないかと考えるようになりました。

地域の中では学生はサービスを買う消費者としてだけ存在していて、地域に主体的に関わるとか地域の人と知り合いになることはほとんどありません。

授業のなかでキャンパス外で学生がさまざまな人と出会って、そこで自分で物を考えて問題を発見していって、それをまた大学のキャンパスの中に持って帰って、考えたり議論したりするという場をつくれないのかというのが、その後の私の大学教育におけるテーマになってきたと思います。

学生の下宿場所は新横浜や羽沢へ広がる

次に「相鉄・東急直通線」の影響という面です。大きな目論見については、すでに相鉄・東急の方からお話がありました。

ただ、たぶん鉄道路線の変化は大きな変化だけではなく、身の回りの多様な小さな変化をもたらしていくのではないかと思っています。

例えば私にとって身近な例ですが、学生が下宿場所としてどこを選ぶかを考えた場合です。

学生の4分の1ぐらいは下宿生ですが、かつて東急目黒線が日吉駅まで開通(2008年)したときのことを考えると、それまでは1年生のときに日吉付近に住んでいた学生は、上級生になると三田に進学するので、引っ越す学生が多かったです。三田の近くに行くということです。

ただ、目黒線と都営三田線がつながったことで、例えば日吉や元住吉に住んでいた学生は、そのまま日吉・元住吉に住み続けるようになりました。つまり、一直線で三田キャンパスまで行けるようになったからです。

「相鉄・東急直通線」は都営三田線とも相互直通運転を行う計画(日吉駅)

今、慶應日吉キャンパスの学生の主な下宿地エリアは、一番多いのが日吉、それから元住吉・綱島エリアが中心ではないかと思います。

たぶん東急と相鉄がつながっていくと、学生の下宿エリアがもう少し広がるのではないかと思います。

まだよく分からないところはもちろんありますが、例えば新綱島、新横浜、もしかしたら羽沢横浜国大のあたりまでは余裕で伸びていくのではないでしょうか。

学生にとっては家賃の問題があります。都心に近ければ近いほど高くなるので、安いところを探したい。それと、キャンパスまでどれぐらいの時間で通えるかということを天秤にかけて決めます。

明らかに日吉キャンパスの学生は、羽沢横浜国大よりもっと先のエリアまで下宿の対象になると思います。

慶應大学三田キャンパス

そして、目黒線経由で三田までつながるので、これまでは新横浜や羽沢に住んで大学生活の4年間を過ごそうと思う学生はいなかったと思いますが、来年度以降はここに4年間住むつもりで入ってくる学生も、たぶんそれなりの数が出てくるのではないかと思います。

学生と地域との関係性を考える場合に、2年間しかいないのか、それとも4年間いるのかというのは、結構大きな差だろうと思います。

地域の皆様にとっても学生と何かやっていこうというときに、2年で移り変わっていく学生と4年間いる学生では、たぶん付き合い方や付き合いの深さが変わっていくのではないかと思います。

社会人になって戻ってもつながれる街に

今後どうなっていくか、将来の夢と希望ということです。

これも私の活動に引き付けていますが、新しい暮らしや働き方を生み出す場所にこの沿線がなったらいいなと思っています。

学生時代の思い出の街に、いつか社会人として戻って、10年前の自分、つまり自分の後輩と話ができる街、つながれる街。現役の学生にとっても学生だけで群れない街。学生だけで群れると、ろくなことがありません。

できるだけばらばらに地域の方やいろいろな方と話せるような場所がいいのではないかと思います。

直通運転とは、家と職場を結ぶ路線ということになるので、その移動を長く早く変化させる、効率良くしていくということになると思います。

よく最近、都市部でいわれている「サードプレイス」。ファーストプレイス(家)とセカウンドプレイス(都心の職場)以外に居心地のいい場所が現代人にとっては必要だというお話です。

おそらく効率を目指すので、沿線の途中は“中抜き”になります。

でも、沿線の地域に沿線に住む人たちのサードプレイスとしての魅力をつくって提供することができれば、消費者としてはもちろんかもしれませんが、単に人が多くて大変という意味だけではなくて、新しい仲間ができる、新しい活動の友達ができるという世界が出てくる--。

そんなことを期待して5年後・10年後を考えていきたいと思います。どうもありがとうございました。

<フォーラム後の一言>

今日は新しい沿線が生まれるとどうなるのかということを語り合う場、という位置付けであろうと思います。

ただ、実際に沿線がどうなるかというのは、これから先の話で、我々も今日お話ししたことが当たっているのかどうか、言った通りに活動できているのかどうかということを3年後や5年後に再会させていただいて、検証・フォローして、さらにその先を考えることができればと思っています。今日はありがとうございました。

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