新横浜・菊名・大倉山・新羽など港北区南部の地域情報サイト
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かつてのプロ野球界に“旋風”を巻き起こした元選手が、港北区内の「花と緑のまちづくり」に新たな風を吹かせています。

篠原町に2017年オープンした地域交流スペース「COCOしのはら」に元プロ野球選手の屋鋪要(やしきかなめ)さんが来訪。ラベンダーの苗を植える作業をおこなった

篠原町に2017年オープンした地域交流スペース「COCOしのはら」に元プロ野球選手の屋鋪要(やしきかなめ)さんが来訪。ラベンダーの苗を植える作業をおこなった

きのう(2021年)10月21日、岸根公園駅にも近い篠原町にある一軒家を利用した地域福祉交流スペース「COCO(ココ)しのはら」(特定非営利活動法人びーのびーの運営、大倉山2=奥山千鶴子理事長)に、元プロ野球選手の屋鋪要(やしきかなめ)さんが来訪。

屋鋪さんが株分けし育成したラベンダーの苗26株を植える作業をおこないました。

屋鋪さんは横浜市内の在住。屋鋪さんが自分で育てたラベンダーの苗を、病院や公園などに植える活動をおこなっていた屋鋪さんが、「苗を植える」場所を新聞メディアを通じて公募

屋鋪さんが初来訪した(2021年)7月の打ち合わせ時の様子。右は篠原地区の川島会長(COCOしのはら提供)

屋鋪さんが初来訪した(2021年)7月の打ち合わせ時の様子。右は篠原地区の川島会長(COCOしのはら提供)

同施設がエントリーしたものの、この選考に一旦は「落選」、しかしその数日後に屋鋪さんからの「興味があるので訪問したい」というメールが届き、今年7月に初訪問が実現したといいます。

プロ野球の横浜大洋ホエールズ(最終年は現横浜ベイスターズ)で活躍した時代は、1986(昭和61)年から1988(昭和63)年まで3年連続でセ・リーグの盗塁王を獲得。

俊足選手として名付けられた「スーパーカートリオ」のうちの1人としても知られ、その後、東京読売巨人軍でも活躍した屋鋪さんは、1995(平成7)年シーズンでプロ選手として引退した後、野球解説者や巨人軍のコーチとしても活躍。

2005(平成17)年のコーチ引退後は、一般社団法人少年軟式野球国際交流協会(東京都江戸川区)の理事を務め少年野球の指導にあたるほか、「昔から好きだった」(屋鋪さん)という、蒸気機関車(SL)の写真集を出版するなど鉄道写真家としても活動しています。

「子どもたちがいたから」と来訪を決めた屋鋪要さん

苦労したという「花壇づくり」(10月7日、COCOしのはら提供)

苦労したという「花壇づくり」(10月7日、COCOしのはら提供)

子どもの預かりや福祉関連の事業もおこなうことで、「多世代」の地域交流スペースとして誕生した「COCOしのはら」は、2017(平成29)年4月にオープンし、現在5年目を迎えています。

多世代交流スペースならではの企画としておこなわれた、初めての「ラベンダーの庭(花壇)」づくり。屋鋪さんは、「子どもたちがいる施設だったので、訪問することを決めました」と、同施設を利用する“子どもたち”の存在が来訪のきっかけだったと明かします。

屋鋪さんのテキパキとした指示により速やかに作業が進んでいく

屋鋪さんのテキパキとした指示により速やかに作業が進んでいく

30年来在住しているというこの横浜の地で「もともと、庭に花を植えていた」という屋鋪さんですが、友人から2年前にラベンダーの株を分けてもらったところ、他の草花とは異なる「香り」に魅了されたことなどから、「ラベンダー」とのかかわりを深め極めたいと思うになったと説明します。

今年7月上旬にあいさつと打ち合わせで屋鋪さんが初来訪、9月に入り、苗が育った段階で2回目の打ち合わせや花壇づくりの準備のために訪問。

今月10月7日には、庭を掘り返し本格的な花壇づくりをおこないましたが、「ドクダミの根が強く張っていたこともあり、花壇の土台づくりは大変でした」と、ラベンダーの花植えの日を無事に迎えることができたことを喜びます。

ラベンダー花咲く「ゴール」待つ“一軒家の庭”

ラベンダーの苗の生育状況をチェックする屋鋪さん

ラベンダーの苗の生育状況をチェックする屋鋪さん

きのう(10月21日)午後、「COCOしのはら」のスタッフやボランティア、その家族など10数人が集まり、屋鋪さんの指示のもと、花を植える作業を実施。

紫色、そしてピンクの花を付けるというイングリッシュラベンダーや、白い花だというフレンチラベンダー、濃い紫の花を付けるラバンディン(グロッソ、アラビアンナイト)の26株が端正に植えられました。

屋鋪さん自ら土も撒いて作業をおこなう

屋鋪さん自ら土も撒いて作業をおこなう

ラベンダーの花が咲くのは、「来年の初夏、早くて5月頃まで待たねばなりません」と屋鋪さん。

初回打ち合わせから花壇づくりに至るまで参加した篠原地区連合自治会の川島武俊会長は、「たまたまこういった植栽スペースがあったことにより、子どもも、大人も、屋鋪さんやそれぞれのメンバーと交流することができて、また花壇を作り育てる楽しさを知り、本当に嬉しく思っています」と、屋鋪さんを招いたことで生まれた、初めてのラベンダーを通じた交流で生まれたひとときを、存分に楽しんでいるかのようでした。

屋鋪さんが見本として花を咲かせたラベンダーを持参していた

屋鋪さんが見本として花を咲かせたラベンダーを持参していた

公募にエントリーし屋鋪さんが来訪するきっかけを作った舘(たて)裕香さんは、「これまで、何日か屋鋪さんにお越しいただいた中で、やはり花を植えたきょうのプログラムが、子どもたちにとって最も“良い表情”だったように感じました」と、苦労して作業をおこない無事にラベンダーの苗を植えられたことに笑顔を浮かべていました。

野球時代のファンも魅了、ラベンダー楽しむ「新たな潮流」

最終日の作業をおこなった皆さん。屋鋪さんを囲んで

最終日の作業をおこなった皆さん。屋鋪さんを囲んで

新しく誕生したラベンダー花壇や、子どもたちが木登りもできる木々の脇、「一軒家」を使用した交流スペースの庭には、屋鋪さんがアレンジした山野草(さんやそう)を楽しめる一角も新たに設けられており、「ラベンダーとともに山野草の魅力も楽しんでもらえれば」(屋鋪さん)とのこと。

大洋ホエールズ時代、ここ横浜から野球界に旋風を巻き起こし、ファンの心をつかんだ屋鋪さんらしい「一途さ」が、新たにラベンダーの花を育む世界観となり、ここ港北区に新たな「花と緑のまちづくり」のムーブメントをもたらしたといえそうです。

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“小さな桃の木”がまちを彩る、綱島西「パデュ通り」に大型プランター12台(横浜日吉新聞、2021年10月18日)

赤やピンクの色鮮やかに、綱島街道沿いのシクラメン農家が12/25(日)まで直売(横浜日吉新聞、2016年11月25日)※花き農家・大和園(綱島東2)では鉢植えのイングリッシュラベンダーを市場に出荷している

【参考リンク】

地域福祉交流スペースCOCOしのはら公式サイト(特定非営利活動法人びーのびーの)

屋鋪要ウェブサイト(BSO株式会社)※プロフィールへのリンクなど

屋鋪要 自遊人(YouTubeチャンネル)※野球教室や横浜本牧ラベンダークラブについてなど

【デーブ大久保チャンネル】第一話 巨人軍の先輩・屋鋪要さんとラベンダー&鉄道を語り合う(YouTubeチャンネル)※ユーチューブ動画・屋鋪さんの経歴など