新横浜・菊名・大倉山・新羽など港北区南部の地域情報サイト
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法人サポーター会員による提供記事です】一つひとつの食材に、伝えたい物語がある――そんな想いを抱きつつ、中華料理店グループを運営する経営者が、新横浜で日々奮闘しています。

著名人のサインもぎっしりと。中国料理店「山海楼(さんかいろう)新横浜店」は、新横浜2丁目のカキヤビル地下1階にある。社長で創業者の翁為栄(おんういえい)さんの「いらっしゃいませ」パネルが出迎えてくれる

著名人のサインもぎっしりと。中国料理店「山海楼(さんかいろう)新横浜店」は、新横浜2丁目のカキヤビル地下1階にある。社長で創業者の翁為栄(おんういえい)さんの「いらっしゃいませ」パネルが出迎えてくれる

新横浜2丁目のスタジアム通りとアリーナ通りに面したカキヤビル(KAKIYAビル)の地下1階で、色彩鮮やかに「いらっしゃいませ」と笑顔で出迎える人物が描かれた、ほぼ等身大のイラスト看板が出迎えてくれる店。

中国料理店「山海楼(さんかいろう)新横浜店」を経営する、株式会社新世紀商事(神奈川区神奈川)の代表取締役社長・翁為栄(おん・ういえい)さんは、「日中友好の架け橋」として、店舗運営のみならず、震災復興のチャリティーイベントやスポーツ大会の開催などを通じての社会貢献を“身をもって実践する”、まさに行動派の経営者として広く知られています。

看板に描かれているが如(ごと)く、明るい笑顔とシャキっとした語り口で、「地域貢献がしたい」と語る翁さん。

豪華中国料理に根強いファンも多い「山海楼」。代表取締役社長・翁為栄(おんういえい)さんが考案するメニューは、ボリューム盛りだくさんで割安感があるという評価も

豪華中国料理に根強いファンも多い「山海楼」。代表取締役社長・翁為栄(おんういえい)さんが考案するメニューは、ボリューム盛りだくさんで割安感があるという評価も

同店の隣に、東日本大震災の復興支援を目的とした「浜の牡蠣小屋(かきこや) 新横浜店」を2014(平成26)年6月に開業、これらを含み都内や横浜市内に7店舗を経営している山海楼グループを運営するパワーは、一体、どこから来ているものなのか。

日々の食材仕入れやメニュー作成にも「おもいっきり、食べて、おもいっきり楽しんでもらえたら」との想いを、創業時から現在に至るまで“人一倍”込めているかの翁さんが、なぜ新横浜でも店を開業したのか。

日本人より日本人らしい、人情味と優しさに満ちた心を持っている」と、同社営業本部長の岩田昌樹さんも語るように、翁さんが日本に来て、感じたこと。どのような歩みを重ね、今日に至ったのかについて、詳しく話を聞きました。

中国から日本へ、友人も多い港北区が“第2のふるさと”

社長の翁為栄(おんういえい)さんは中国・福建省生まれ・育ち。「父親が早く亡くなり、母に恩返しをしたい」と来日。独立し会社経営を行うなか、“翁(おん)の恩返し”と、日本や中国のためのチャリティーにも積極的に取り組む(2013年と2014年に開催した日中友好・震災復興チャリティー開催のアジアリーグアイスホッケーのパンフレットを手に)

社長の翁為栄(おんういえい)さんは中国・福建省生まれ・育ち。「父親が早く亡くなり、母に恩返しをしたい」と来日。独立し会社経営を行うなか、“翁(おん)の恩返し”と、日本や中国のためのチャリティーにも積極的に取り組む(2013年と2014年に開催した日中友好・震災復興チャリティー開催のアジアリーグアイスホッケーのパンフレットを手に)

中国・福建省に生まれ、育った翁さんは、「5人きょうだいで、生活は苦しいものでした。3歳の時に父親が病死してしまい、女手一つで育ててくれた母親に恩返しがしたかった」と、日本に渡航した理由を説明します。

今、「港北区に親しい友だちが多い」と語る翁さん。来日してしばらくの生活の拠点となった町は綱島だったこともあり、街に生き、住まう人々との接点も生まれ、そのつながりを活かしキャリアを積むことになったと説明します。

区内の中華料理店で修業した翁さんは、同店で培(つちか)った経営手腕も活かし、2000(平成12)年11月に東神奈川(神奈川区)で創業するに至ります。

翌12月に同地に中華料理店「山海楼本店」をオープン、2005(平成17)年にたくさんの友人知人との縁も活かしながら新横浜にも初出店

2008(平成20)年には有限会社だった会社を株式会社化するなど事業を拡大、売り上げや業績を順調に伸ばしていったといいます。

「山より高く、海より大きく」との想い、日本と中国の架け橋として

翁さんが「山より高く、海より大きく」との想いを込めて名付けた、中国料理店「山海楼」。

東日本大震災の復興支援にと「浜の牡蠣小屋(かきこや)」を開業した

東日本大震災の復興支援にと「浜の牡蠣小屋(かきこや)」を開業した

2010(平成22)年に2つの店舗を現在地に移転しオープンした同新横浜店や、2013(平成25)年開店の同御徒町店(東京都台東区)、東日本大震災の復興支援を目的とし2014年に開業した「浜の牡蠣小屋」関内店(中区蓬莱町)や同新横浜店(カキヤビル地下1階)など、山海楼グループとして、市内を中心に、現在、直営の飲食店を7店舗展開しています。

「人が困っていると、居ても立ってもいられなくなる」(翁さん)という人柄もあり、2008年に中国・四川省で発生した大地震、そして2011(平成23)年に起こった東日本大震災の発生時にも、参加者からの義援金を募ったチャリティーパーティーを開催。

「山海楼」でも牡蠣のカンカン焼き(がんがん焼き)の注文が可能。翁さんは、現在も年3回ほど三陸に赴き、生産地と交流。「未だ傷つき、苦しんでいる東北の復興の一助となれば」と、今も強く願っているという

「山海楼」でも牡蠣のカンカン焼き(がんがん焼き)の注文が可能。翁さんは、現在も年3回ほど三陸に赴き、生産地と交流。「未だ傷つき、苦しんでいる東北の復興の一助となれば」と、今も強く願っているという

それぞれ中国大使館宮城県山元町福島県郡山市などへ寄付を行うなど、「人として、すべきことはしたかった」と語る心熱き経営者しても、翁さんは広く周囲に知られるように。

そして、故郷・中国との架け橋としても知られる翁さんらしく、2013年と2014年には、アイスホッケーのアジアリーグ公式戦「日中友好・震災復興チャリティーマッチシリーズ」(同実行委員会主催、佐藤祐文会長)として、経営する新横浜の店舗からも至近の場所にある新横浜スケートセンター(新横浜2)で開催。

翁さんは実行委員長として中心的に活躍するなど、新横浜の街に根差したスポーツでの震災復興支援を華々しくも実現するに至ります。

港北区周辺に住まう人々からも、いつも助けられていました。多くの支援が寄せられたことに、今も深く感謝しているのです」と翁さん。

とりわけ港北区に行き交う人との交流は、“生涯をかけて”日本に恩返しをしたいと思うようになるきっかけであったと、翁さんはこれまでの歩みをしみじみと振り返ります。

食材に込められた「物語(ストーリー)」を伝えたい

翁さんの周りには笑顔が絶えない

翁さんの周りには笑顔が絶えない

来年(2020年)11月には、創業20周年を迎える新世紀商事。「新世紀に向けてのチャレンジを」という気持ちをこめて独立開業した当時から、事業への熱意、来店客や従業員、何より大好きな港北区をはじめとした地域の人々への想いは、決して変わっていないと翁さん。

故郷の本場・中国料理の味で人々をもてなす「山海楼」で、今月8月16日から9月末日まで提供している「期間限定・産地直送海鮮コース」(実勢価格7000円のところを、期間内来店時は3500円で提供、価格は税別)は、岩手産のわかめ入り前菜盛り合わせや岡山産の芝エビ素揚げ、宮城産の牡蠣フライ盛り合わせや牡蠣カンカン焼き(がんがん焼き)、たっぷりメカブとろみスープなど、9つの料理やデザートでアレンジされています。

「産地の想い」を、これからも食を通じ伝えていく

「産地の想い」を、これからも食を通じ伝えていく

「宮城産の牡蠣はもちろん、一つひとつのメニューに、出会いから仕入れ、料理プロデュースに至るまでのストーリーがあるのです」と、全てのメニューが “物語”に彩られていると翁さんは説明。

食材を生み出すために生産者が抱く日々の想いを、より強く、そしてより深く感じてもらいたいと、いつも強く願っているといいます。

来日してはや30年。翁さんが新横浜を訪れる一人でも多くの人々に伝えていきたい「熱き想い」は、両店を訪れる人々のみならず、地域社会をも巻き込み、またさらなる国際交流の一事例としても、多くの人々により深く、そしてより強く受け留められていきそうです。

【参考リンク】

中国料理「山海楼」公式サイト(株式会社新世紀商事)※リニューアル準備(更新休止)中

会社理念(同)

華人之星(同)※社長プロフィールやチャリティーパーティーの活動報告など

山海楼 新横浜店のサイト

浜の牡蠣小屋 新横浜店のサイト

法人サポーター会員:山海楼・浜の牡蠣小屋 新横浜店~株式会社新世紀商事提供)

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