港北区の都心・新横浜と篠原・大豆戸・菊名・小机・新羽などの地域情報を伝えるインターネット新聞

菊名西口に設けられた「バス停」

菊名西口に設けられた「バス停」

超高齢化社会へ向けて路線バスなどの公共交通のきめ細かな整備を望む声が上がっていますが、道路の整備や採算面を考えると高い壁があるのも事実です。

そんななか、「誰もバスを走らせてくれないのなら、自分たちで走らせてしまおう」と考え、実際に住民だけで”バス”を走らせている人たちが港北区内の菊名エリアにいます。他都市からも注目を集める独自の「住民バス」の取り組みとは、どのようなものでしょうか。実際に菊名駅から乗ってみました。

丘の上にある篠原北や錦が丘から妙蓮寺へ

菊名駅の西口を起点に妙蓮寺や大倉山駅に近い港北区役所まで約10キロを廻っている「菊名おでかけバス」(パンフレットより)

菊名駅の西口を起点に妙蓮寺や大倉山駅に近い港北区役所までを毎週火曜日に6回運行している「菊名おでかけバス」(パンフレットより)

東急菊名駅の西口(JR横浜線の出入口側)に出ると「菊名おでかけバス乗降場」と書かれた”バス停”が電柱に巻き付けらていることに気づくかもしれません。

これこそが住民が独自に走らせている手作りバス。毎週火曜日になると、ここに「菊名おでかけバス」とのステッカーを付けた8人乗りのワゴン車が9時から15時まで1時間ごとに6回やってきます。運転手とともに、介助者も助手席に同乗。荷物を持っている人や足腰の悪い人の乗降を手助けする役割を担います。

始発の菊名駅西口を出発すると、急な坂道を登って「篠原北1丁目」と「錦が丘」の閑静な住宅地をぐるぐる回って乗客を探して走ります。住宅街のなかでも”標高”が高い丘の上で70歳代の女性が1人乗車しました。「菊名駅までは距離的に遠くはないのですが、なにせこの坂道ですので」。これから東急東横線妙蓮寺駅近くのスーパー「オーケー妙蓮寺店」(菊名1)まで買物へ行くとのことです。

バスは丘の上にある「篠原八幡神社」(篠原町2375)を経由して「富士塚」の住宅地を通り抜け、菊名駅出発から16分で妙蓮寺のオーケーに到着。この間、バス停に書かれた時刻から遅れることも、早く着くこともありませんでした。

運転日の火曜に合わせ外出「ここは社交場」

ボランティア運転手のほか、介助員も同乗して乗降を手助けする

ボランティア運転手のほか、介助員も同乗して乗降を手助けする

折り返し地点となっているオーケーで入れ替わりに乗ってきたのは、85歳の女性。「最近免許を返上したばかりなので、毎週乗ってるよ」といい、おでかけバスが走る火曜日に合わせ、買い物や通院などのスケジュールを組んでいるといいます。

ここに来る(乗る)と誰か仲間がいるからね。これまで口をきいたことがなかった人とも喋ったりして、ちょっとした社交場だね。昔話なんかして、本当に楽しいよ」。ただ移動するだけでなく、車内は交流の場としても役立っている様子です。

乗客である会員は坂の上に住む高齢層が中心ですが、最近は乳児を持つ母親が利用するシーンも目立ってきたといい、会員は増加傾向にあります。

ルート上に25ある「バス停」にはほぼ時刻通りにやってくる

ルート上に25ある「バス停」には、ほぼ時刻通りにやってくる

妙蓮寺のオーケーから再び同じルートで錦が丘のロータリーまで折り返したバスは、今度は港北図書館や港北区役所に足を伸ばしてから菊名駅へ戻ります。綱島街道沿いにあるホームセンター「オリンピック大倉山店」(大豆戸町114)や図書館近くのスーパー「サミットストア菊名店」(菊名6)での乗降も多いといいます。

菊名駅西口の住宅街から、スーパーや区役所、図書館へ行くことができるというルートで走っており、乗降は途中に25ある”バス停”で行われます。週に1回火曜日に6便だけの運転ということや、乗降を手助けする介助者が乗っていることを除き、やっていること自体は路線バスと何ら変わりはありません。

ただし、一般のバスのように料金を支払えば誰でも乗れるわけではなく、年間1000円の会費を支払って「会員」となることで利用できる仕組み。とはいえ、その場で会員となることもでき、いつでも試乗は歓迎だとのこと。間口は広くとられています。

運転も管理もすべて地域ボランティアが担う

「バス」として使っているワゴン車は住民の有志にガソリン代のみを支払うことで借りている

「バス」として使っているワゴン車は住民の有志にガソリン代を支払うことで借りているという

まさに地域の”コミュニティバス”ともいえる菊名おでかけバスですが、行政(役所)やバス事業者が関わっているわけではありません。運転も運行管理も、同乗する介助者もすべて住民のボランティアである「港北南部コミュニティバス実現を目指す市民の会(コミバス市民の会)」が担っています。

バスとして走らせているワゴン車は菊名地区の有志から借りている個人所有車。2011年1月に定期運行を始めた当初は、会員が所有する普通車を使って行われていましたが、乗客が2人以上になると定員オーバーに。同乗している介助者が車をいったん降り、客が降りるバス停まで走って向かい、そこで荷物を運び出すなどの乗降を手伝ってから再び乗車するというようなことも度々あったといいます。

菊名おでかけバスのパンフレット

菊名おでかけバスのパンフレット

そんな苦労もありながら、5年以上にわたって住民の”手弁当”で運行されてきた菊名おでかけバス。近年は敬老会やイベント時の「臨時輸送」も担っていることが評価され、港北区の社会福祉協議会から年間25万円程度の補助が得られるようになったといいます。「これまで苦しいなかでやってきたので、本当にありがたかった」とコミバス市民の会は話します。

この補助金と50名ほどの会員が支払う年会費による年間40万円ほどの予算で、ガソリン代などをまかなっているとのことです。

急な坂が多くても「駅近で便利な地域」の壁

現在のように「定期運行」を行うまでには、長い歴史があります。1990年代の後半、環境問題や車依存の社会をテーマに学習活動を行っていた地域住民のグループが「コミュニティバス」を走らせることを目標に活動を開始したのが最初のことでした。

現在のルートを定期運行するまでには、新横浜エリアを含めるなどさまざまな試行錯誤があったという

現在のルートを定期運行するまでには、新横浜エリアを含めるなどさまざまな試行錯誤があったという(2009年のワークショップ時の資料より)

高齢化社会の到来を危惧していた錦が丘町内会の会長ら役員がこうした動きに呼応。バスのルート外に住む住民との公平性という観点から町内会の予算は使わない形で、これまで常に人的な協力を行ってきたといいます。

2004年に始められた試行や議論は、2008年には路線バスの運行を目指し横浜市営バスを借り上げて実証実験を行うまでになりました。その後、ワークショップなどを通じた検討の末、「路線バス運行は採算的に難しい」(同会)と断念しています。

急な坂道が多く、超高齢化社会では交通困難な地域といえる菊名西口の住宅街ですが、一般的な見方は「東急やJRの菊名駅から近い交通至便なエリア」。それだけに、行政からの支援は望めなかったといいます。行政が公共交通の運行を支援するのは、今のところ「交通空白地帯」に限られているようです。

行政だけに頼らず、まず自分たちができることを

「行政やバス会社がやってくれないのなら、まずは自分たちでできることから始めよう」と住民が自主的に運営する形で、2010年に会員の自家用車を使った自主運行の試行を開始。2011年に現在の形での定期運行が始まっています。

路線バスが決して通れないような住宅街を回って乗客を拾っていく

路線バスが決して通れないような住宅街を回って乗客を拾っていく

「これをやってくれ、と行政に要求するだけではダメということがわかり、まずは自分たちでできることを探して実行した結果」と同会は言います。

本紙が取材した日には、横浜市と同じ政令指定都市である「さいたま市」から地域交通や福祉の担当職員、交通の専門家らが訪れており、コミバス市民の会の取り組みについて、半日かけて熱心に現状と経緯を聴き取っていました

さいたま市では、市民と行政、バス事業者の三者が役割分担しながら、現在は市内5つのエリアでコミュニティバスを運行しています。それだけに、住民が自主的に行っている取り組みについて、深い関心を持っているようでした。

これから全国的な注目を集めることは間違いない菊名おでかけバス。たとえ行政の支援がなかったとしても「住民が本気になればここまでできるのか」と驚かされるばかりでした。都会や地方に関わらず、日本各地の交通不便地帯に住む住民にとって、心強い先進事例といえそうです。

【参考リンク】

走る!走れ!わがまちのコミュニティバス(港北南部コミュニティバス実現をめざす市民の会のブログ)

菊名おでかけバスのFacebookページ

関連スポンサー広告(グーグルから配信)